「ま、とにかくそんな感じかな……。櫂秦には放浪癖があって、商団をほっぽってよく旅に出てるんだよ。桜州、()州、(ふう)州、柊州って四州を巡ったりとか」

「だから頭領なんて柄じゃねぇんだって、俺は」

「……僕と出会ったときもたまたま桜州にいたってだけで、櫂秦の生まれは柊州なんだよね」

「そうよね、国で屈指(くっし)の商人の町だもの」

 日夜、多くの人々で賑わい、眠ることを知らない柊州は国内商取り引きの(かなめ)である。
 日々活気に満ちて生き生きとしたその地を、雪花商団は拠点としていた。彼らが国の(あきな)いを支えていると言っても過言ではない。

 光祥を一瞥(いちべつ)した櫂秦はため息をついた。彼による惜しみない情報開示にはいまさら歯止めが効かないだろう。

「……まあ、バレたんならいいや。嘘ついても時間の無駄だな」

 寝台の上で前傾姿勢となった櫂秦は手を組んだ。

「俺の本姓(ほんせい)()だ。商団の頭領は代々、楚家当主が兼ねるっていう掟がある」

 その言葉にさらに驚かされた紫苑はついその衝撃が口をついた。

「当主……? おまえが?」

「ああ、似合わねぇだろ?」

 自嘲するように笑った櫂秦に、一拍置いて紫苑は渋々ながらかしこまる。きまりの悪そうな表情になった。

「……そうですね。意外です」

「やめろよ、さっきまでの言葉遣いでいいって。……俺も迷惑してんだよな、この血筋に。当主の座とか頭領の責務とか、重荷で性に合わねぇからさ」

 櫂秦は左手首にはめられた腕輪を押さえた。

 銀色のつるりとした表面には、波打つような形の紋様(もんよう)が彫られている。
 少々年季が入っているようだが綺麗に磨かれており、大切にされているのが分かる。その輝きは本物で、精巧(せいこう)な代物だ。
 ちょうど中央に、瑠璃(るり)が埋め込まれていた。

 語り口は軽い調子に聞こえるが、内容そのものは彼の本音であるように思えた。
 先ほど言っていた“放浪癖”というのも、それゆえなのだろうか。

 そんなことを考えた春蘭は、不安気な面持ちで彼を見やる。

「……ねぇ、櫂秦。聞いてもいい? あなたの身に起きたこと」

 前置きは十分だ。満を()しての問いであった。

「その怪我、何があったの?」

「本当だよ……。雪花商団の頭領は行方不明だって話になってるみたいだし、どうなってるんだい?」

 ふたり同様、傍らに控える紫苑も慎重に彼を窺った。
 櫂秦は険しい表情で目を伏せ、深い傷を負った腹部に触れる。

「…………」

 迷うような躊躇うような間があってから、そっと口を開いた。

「……追われてたんだ、刺客に」