早めに聞いておかないとついていけなくなりそうで、春蘭はたまらずそう割って入った。

「ああ、ごめん。数年前にね、僕はある事情で家を出たんだけど、そのときに櫂秦と出会ったんだ」

 光祥は手を向けて彼の方を示す。

「こう見えて彼、雪花商団の頭領なんだよね」

「えっ? 雪花商団って、あの……?」

 天下の大商団としてその名を知らない者はいない。
 櫂秦がそれを(ひき)いているようには、さすがに見えなかった。

 かの隊商(たいしょう)の頭領と言うならば、類まれなる商才(しょうさい)を持ち合わせているにちがいない。
 胡乱(うろん)でも笑みを絶やさないとか、隙のない眼差しを光らせているとか、もっと荘厳(そうごん)な人物を思い浮かべていた。

 その(よわい)からしてもあまりに予想外で、春蘭と紫苑は衝撃を受けてしまう。

「おい、勝手にバラすなよ」

「はは、心配しないで。彼女たちは信用できるから」

 あっけらかんと笑う彼に櫂秦は肩をすくめた。それから意外そうな表情を浮かべる。

「……おまえ、変わったよな」

 目をしばたたかせた光祥は首を傾げた。

「初めて会ったときはどこぞの若君(わかぎみ)かと思ったぜ。本当に世間知らずだったからな」

「そんなことないよ」

「いーや、ある。そのくせ気位(きぐらい)だけは無駄に高くて、つんけんしてた。妙な奴だと思ったよ。いまのお前、角取れて丸くなりすぎ」

「そう? これが僕だよ」

 それは初めて触れる光祥の過去の片鱗(へんりん)だった。そういえば、と春蘭は思い返してみる。

 “自由に生きてるいまが一番楽しいから”。
 以前にもそんなことを言っていた。もしかすると彼は、もともとは貴族の公子(こうし)だったりするのかもしれない。

 お(いえ)が厳しく、貴族の身分に嫌気がさして屋敷を出た、というような可能性は推測に(やす)い。

 いくら素朴な装いをしても、身に染みついた上品な立ち居振る舞いを誤魔化しきれていないのだ。
 その割に姓を持たないのはやはり、そういうことなのではないだろうか。

 過去に関してあまり語りたがらない彼が自身のことを語るときは、いつも儚げに笑う。
 その笑顔に触れたら壊れてしまうような気がして、まっすぐに見られなかった。