傲慢(ごうまん)で自尊心と矜持(きょうじ)ばかり高いあの男の存在が、ふたりの脳裏に蘇った。
 莞永のお陰で最終的には正直に証言をしてくれたが、あのあとどうなったのだろう。

「あの人は院長の地位を剥奪(はくだつ)されて、いまは(ヒラ)の医師として施療院で働いてるよ」

 後任の院長には、櫂秦を診てくれた医員が就いているらしい。

「彼が尚薬局の医官に復職する日はまだまだ遠そうですね」

 その野望はまだ捨てていないだろうが、一度自分を裏切った蕭家と手を組むことは金輪際(こんりんざい)もうないだろう。逆もまた(しか)りだ。

「無事だったっていうのはよかったけどね。蕭家から報復を受けたりしてたら後味悪いし」

「そうね。これを機に心を入れ替えてくれるといいんだけど────」

 そのとき、音を立てて客室の扉が開かれた。
 着替えを終えた櫂秦の姿を認める。

 主に武術を扱う者の平服(へいふく)に身を包んでおり、文人の装いである紫苑とは雰囲気が対極であった。ただ、着丈(きたけ)もちょうどで彼によく似合っている。

 さすがは鳳家とあってか、衣の生地は相当上質なものであった。人知れず素早く値踏みしてみせた櫂秦は感心してしまう。

 離れた位置にいた光祥が不意に動き、吸い寄せられるように套廊(とうろう)の方へ歩み寄っていく。

「……きみ、は────」

 信じられない、とでも言いたげに瞠目(どうもく)した。
 それを受けた櫂秦もまた驚愕したように彼を凝視(ぎょうし)する。

「光祥……?」

「やっぱり櫂秦だ。……まさか、怪我人ってきみのことなのか?」

 互いに既知の仲らしいふたりの様子を目の当たりにし、春蘭と紫苑は顔を見合わせた。



 ────(から)になった(うつわ)と膳が下げられた客室へ戻ると、それぞれが思い思いの位置につく。

「……何でおまえがここにいるんだよ」

 開口一番、櫂秦は光祥に問うた。

「それはこっちの台詞だけどね。僕はきみの薬を届けにきたんだよ」

 寝台の横にある卓子(たくし)に置かれた盆を指す。そこには薬包が載っていた。

 櫂秦は無関心そうにそちらを一瞥(いちべつ)する。自身が怪我人である自覚はまるでないようだ。

「それで、きみは? 柊州にいたんじゃなかった?」

「ちょっと待って! まずふたりの関係を教えてくれない?」