────それが、三日前の出来事であった。

「お嬢さま、例の方が意識を取り戻しました!」

 春蘭の部屋へ駆け込んできた芙蓉が嬉しそうに言う。甲斐甲斐(かいがい)しい世話が実を結び、男がようやく目を覚ましたのだ。

「本当? ……よかった!」

 あれからすぐに意識を失った彼は三日三晩、昏々(こんこん)と眠り続けていた。
 医者の処方してくれた薬湯(やくとう)を飲みはしたものの、呼びかけに応じることもなく、苦しげに眠っているだけだったのである。

 もう二度と目を開けてくれないのではないか、と本気で構えたほどだった。
 本当によかった。ほっと胸を撫で下ろす。

『……だれ、だ……』

 道端に倒れていたのを発見したとき、彼は開口一番にそう言った。
 いったいその身に何があったと言うのだろう。

 弱っているとはいえ、そのときの双眸(そうぼう)には確かな警戒の色が宿っていた気がした。
 普通は真っ先に助けを求めてもいい状況であったはずなのに。

 そんなことを考えながら客室へと向かう。
 目覚めたとはいえ万全ではないはずだから、また薬湯を用意しなければ────。

「入るわね」

 そう断ってから客室の扉を開けた春蘭は、飛び込んできた光景に目を疑った。

「…………え?」

 彼は寝台(しんだい)の上にあぐらをかき、(ぜん)に載っている料理をがつがつと頬張っていた。
 手を止めることも咀嚼(そしゃく)を止めることもなく、ただ一心不乱に食べ続けている。

 三日間ずっと意識を失っていたとは、というか、門前で死にかけていたとは思えない見事な食べっぷりであった。

「…………」

 春蘭はぽかんとして言葉を失っていた。
 寝台の傍らにある丸椅子に腰かけている紫苑も、呆れたように頭を抱えている。

「か、身体は大丈夫なの?」

 何とか我を取り戻して尋ねた。
 立ち尽くす春蘭をじっと見つめた彼は、そこでようやく手を止める。いま初めてその存在に気がついたようだ。

 当初より随分と顔色がよくなっていた。沐浴(もくよく)は無理だろうが紫苑に手伝われながら身体を清めたらしく、汚れも落ちてさっぱりとしている。

 こうして見ると、切れ長の瞳が特徴的な綺麗な顔をしていた。
 しかし(わずら)わしがりな性分(しょうぶん)なのか、艶を取り戻した髪は結うことなく片方だけ耳にかけていた。

「ああ、このくらい食えば治る」

 その返答にはさらに呆れ返ってしまうものの、とにもかくにも元気そうでよかった。この調子なら回復も早そうだ。