「……蕭容燕が、溜め込んでた薬材を一部売り払ったらしいね」

 堂内の円卓を囲う椅子に腰を下ろしつつ、光祥が言った。
 それを受け、長椅子に座る夢幻は目を伏せる。

 院長の証言や航季の投獄という衝撃的な出来事により、蕭家の名声は一時的に傾いた。
 しかし、薬材を手放すことですぐに立て直したのだった。

 連中はそれらしい言葉を添え、相場よりは高いが手が届かないこともないというような絶妙な値で薬材を売ったという。

 急を要して薬材を欲していた民にとっては、闇に射し込んだ一筋の光だったことだろう。

 かくして桜州は困窮(こんきゅう)する事態から脱することができた。
 薬材の値が落ち着きつつあるのも暴動がすっかり鎮静化したのもそれゆえである。

 そのことで民は蕭家を支持し、見かけ上すべて元通りになったというわけだ。

「自作自演なのに、何も知らない民たちはまたしても騙されてる。相変わらずやることが汚いね」

「そうですね……。ただ、これで完全に終幕ではないようです」

 一見解決したように見える薬材事件だが、実のところまだ何らかの思惑が水面下で動いているのであろうことを察していた。

「大方の薬材は他州からも移入できるようになって値も戻りつつあるので、そちらは時間の問題でしょうが……百馨湯だけは依然として品薄のままです」

 多く、こじれた風邪や感冒(かんぼう)などに用いられるものであるが、なぜこの薬材だけが入ってこないのだろう。
 ほかの薬材やそれこそ同じような効能のそれは問題ないというのに。

「確かにおかしな話だね。あの雪花商団(せっかしょうだん)でも扱ってないみたいだよ」

 雪花商団は柊州に拠点を置く大商団である。国一番の規模を誇り、この世の一切合切どんな品でも手に入ると名高い。

 そんな彼らでさえ取り引きをしていないとなると、蕭家がすべて囲っている可能性も考えられる。

「雪花商団といえば……頭領(とうりょう)が行方を(くら)ましているという話を聞きましたが」

「え? 櫂秦(かいしん)が?」

 光祥は瞠目(どうもく)し、はたと顔を上げた。

「頭領とお知り合いですか」

「あ、ああ……旧知の仲なんだ。もともと放浪癖(ほうろうへき)のある奴だから居場所がころころ変わるし、だからそう頻繁には会えないんだけど」