「さっき礼儀作法の稽古(けいこ)を終えたところよ。もう足がくたくたで立てないわ……」

 だから侍女に脹脛(ふくらはぎ)を揉ませていたのか、と航季は腑に落ちた。確かに一瞬見えた帆珠の両足はむくんでいた。

「何でわたしがこんなにしなきゃいけないのよ。どうせ、王妃はわたしで決まりでしょ」

「……そうだな。十中八九決まったも同然だが」

 航季が眉をひそめたのを、帆珠は見逃さなかった。

「何か問題でもあるの?」

 同じように眉根を寄せ尋ねる。
 彼は言葉を探すように口を閉ざし、やがて開いた。

「────帆珠、おまえは兄の俺が言うのも何だが器量がいい。それに勝気な性格だから後宮でもうまくやっていけるだろう。蕭家直系でもあるし、後ろ盾も十分だ。……ただな」

 言葉の続きを、帆珠は黙って待つ。

「あまり、鳳家を甘く見ない方がいいかもしれない。特にその姫君には重々用心すべきだ」

「……鳳家の姫? どうして?」

 確かに鳳家はこの国で唯一蕭家と並ぶ名門家であるため、警戒を促すのは理解できる。
 しかし、わざわざ取り立ててそんなことを言いにくるとは何か根拠があるにちがいない。

 航季は先日片のついた諸々(もろもろ)の一件でそう感じた次第だが、細かく話すとなると、自身の情けない失態まで口にしなければならなくなるだろう。

 それは体裁(ていさい)が悪い、と踏み、そそくさと話を切り上げた。

「とにかくだ。この忠告を忘れるなよ」

 軽く腰かけていた丸椅子から素早く立ち上がると、さっさと背を向けて部屋をあとにする。

「まったく……中途半端ね。言うなら最後まで言いなさいよ」

 残された帆珠は解せない思いで、不服そうにため息をつくのだった。