いつの間にか不思議と、震えはおさまっていた。春蘭の柔らかい微笑みが浸透してくる。

「あなたはひとりぼっちなんかじゃないわよ。わたしだっているんだし」

「そなた、が……」

「何とでも好きに思ってくれたらいいわ。友だちでも話し相手でも、あなたの望むものになってあげるから」

 ほのかに見張られた煌凌の双眸(そうぼう)が揺らぎ、それから和らいだ。

 ひとりは怖くない、と教えてくれた少女のことを思い出す。
 あのときはぴんと来なかったが、ああして誰かを無条件に信じる気持ちが少しだけ理解できたような気がする。

 どこかほっとしたような気配が窺え、春蘭は手をほどいた。

「言っとくけど、あなたが可哀想で言ってるんじゃないわよ。ただ、ちょっと心配なだけ」

「心配は……大切な者に対してするものだ」

「……それは、まあ」

「そなにとって、わたしは大切か?」

「……気がかり、ではあるわね」

 偽りなく正直に答えると、一拍の沈黙が落ちる。

「わたしには……それも恐ろしい」

 そう言って再び俯いた煌凌に「え?」と聞き返した。儚げな横顔を見上げる。

「大切な存在はみな、この手から離れていった。失うと分かっているのに“大切”ができることが怖いのだ」

 両親も兄も、いとも簡単にいなくなった。
 大切な誰かを守るだけの力も留めておくだけの力もなければ、手にするだけ無駄だ。

 失う悲しみを知っていながら、幻想に縋りつくのがどれほど虚しいことかは身に染みて分かっている。

 春蘭は先ほど彼に掴まれた手首の感触を思い返し、ひとつ腑に落ちた。
 まっすぐな眼差しを向ける。

「……わたしはいなくなったりしないわ」

「春蘭……」

「約束する」

 鮮明な言葉と微笑が印象的に心に響いた。煌凌は思わず笑みをこぼす。

『わかった。約束するわ』

 (おの)ずと蘇ってきた記憶が優しく胸を打った。
 それを果たせなかったのは自分のせいだったが、“約束”という言葉は不思議と嬉しい響きに感じられた。

「どうかしたの?」

 春蘭は初めて目にした彼の笑みに驚いた。表情の変化に(とぼ)しく、暗い顔ばかりしていた彼が笑うなんて。

「……また昔の話だが、ある約束を交わした者がいたのだ。初恋……というにはあまりにささやかでそぐわぬかもしれぬが、確かに“大切”だった」

「……そうなの」

「そなたは、どことなくその者に似ている」