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 適当な衣をひとつ引っかけた装いで宮外へ出た煌凌は、芝の上で仰向けに寝転んだ。陽を透かす桜を眺める。

 華やかな装飾の(ほどこ)された王の衣も、髪の結い目に挿す金の(かんざし)も、立派な冠や(くつ)も、王ゆえの上等な代物がいまは(かせ)でしかない。

 刹那(せつな)とはいえすべてを投げ出して逃げてきたわけだが、その甲斐(かい)あって少しばかり身も心も軽くなったような気がした。

「今日も早番なの? それとも視察?」

 降ってきた声にはっとして、そっと身体を起こす。
 丘の下に佇んでいた春蘭が、ゆったりと歩み寄ってきて隣に腰を下ろした。

「……視察だ」

「そう。薬材の値はもう見た? 高騰は落ち着きつつあったわよ」

「そのようだな」

「あなたの上官も釈放されたって聞いたわ。本当、よかったわね」

 そう笑いかけたものの、煌凌の表情は(かげ)ったままであった。眉根を寄せ、目を伏せる。

「……わたしは何もできなかった」

 沈痛(ちんつう)な声色を聞き、春蘭の睫毛が揺れた。同じことを思ったばかりだ。

 確かにあの夜、羽林軍に彼の姿はなかった。
 ほとんどがその間に起こった出来事であり、尋問に(たずさ)わることもなかったのであれば、そう自責の念に駆られるのも無理ないだろう。

「気に病むことないわ。無事だったんだから、そこは素直に喜べばいいの」

「……しかし、ふたりともわたしを恨んでいるかもしれぬ」

「どうしてそうなるの。あなたのせいじゃないでしょ」

 凄まじいほど後ろ向きな思考に戸惑ってしまうが、実際には的を射た(うれ)いであった。
 容燕に従ってのことだったとはいえ、己のために彼らを切り捨てたのだから。

「んー……でも、責任を感じるならこれからふたりのためになることをしていけばいいじゃない。上官に尽くすことが償いになるわよ」

「…………」

「時間は戻らないから、前に進むしかないの。くよくよしてたってしょうがないわ。後悔っていうのは落ち込むためじゃなくて、(かて)にするためにあるんだから」

 瘡蓋(かさぶた)になったてのひらの傷を眺めてから顔を上げる。三日月型の後悔の痕。
 煌凌に告げながら、その半分は自分に向けての言葉でもあった。

 不意に胸を打たれた彼は、思わずじっと春蘭を見つめる。
 向けられた微笑みはこの春空よりも澄み渡り、あたたかいものだった。()てついた心が少しずつ溶かされていくほど────。

 はら、と散った花びらが降り注ぐ。
 その一枚が絹のような煌凌の髪に留まった。

「あ……」

 春蘭はそっと手を伸ばし、指先で花びらに触れた。
 その瞬間、彼に手首を掴まれる。