一拍遅れてこちらを向いた莞永は、打って変わって落ち着いた所作で一礼する。
 切羽詰まったような雰囲気は抜けていたが、どことなく浮かない表情でもあった。

「聞いてください! 俺、門衛からちょっと昇格したんすよ。お陰さまで莞永さんの右腕になりました」

 へへ、と得意気に笑う旺靖に関しては普段通りの茶目っ気たっぷりな様子である。

 莞永は「自分で言うなよ」と困ったように笑ったものの満更(まんざら)でもなさそうだ。
 それから一度だけ俯くと、春蘭に向き直る。

「本当に、お嬢さまには何とお礼を申し上げればいいのか……」

「それを言うならわたしの方よ。あの夜、大変な状況だったのに、わたしのこと信じてくれてありがとう。莞永にも旺靖にも助けられたわ」

「いやいや、お嬢さまがいなければ俺たちは動くこともできませんでしたから。ね、莞永さん」

「その通りです。……なのに、本当に申し訳ありませんでした」

 あの日、片時(かたとき)でも医女から目を離したことが未だ悔やまれてならない。
 彼女を守りきることができていれば、蕭家の罪を立証できたはずだ。

 自分のせいですべてが水泡(すいほう)()し、尊い命がひとつ犠牲になったと言っても過言ではない。

 春蘭のくれた機会を棒に振ってしまった。
 合わせる顔などなかったが、己の責任から目を背け続けることは、莞永にはできなかった。

「……あなたが謝ることないわ。自分を責めることもない。悪いのは蕭家なんだから」

「お嬢さま……」

「これで終わりなんかにしない。こんなことがまかり通るなんておかしいもの」

 決然たる春蘭の双眸(そうぼう)を見つめ、唇を噛み締める。

「……そうですよね。あの子が間違ってなかったってことを世に示せるのは、もう僕たちだけかもしれない」

 莞永の脳裏に、最後に見た医女の透き通った笑みが蘇ってきた。
 いっそう心を締めつけられる。彼女が(あや)められる(いわ)れが果たしてどこにあったと言うのか。

「なら、蕭家に思い知らせてやりましょうよ」

 ぐっ、と拳を作った旺靖が呼びかける。

「俺、やっぱ許せないっす。今回だって……ひょっとしたら大将軍も将軍も殺されてたかもしれないんすよ!?」

 熱が入った彼の声は思いのほか大きくなっていたようで、道ゆく人々が何事かとたびたび振り返っていた。

「旺靖」

「おかしいっすよ! あんなあくどい連中が容認されてるなんて。残忍な行為が繰り返されてるなんて! その裏で犠牲になった人たちの無念はどうなるって言うんすか!?」