放免に先んじて面会に来た莞永から、事の全容は聞いていた。

 まさか春蘭が協力的に動いてくれるとは思わなかったが、自分たちが命を繋げたのは紛れもなく彼女のお陰と言える。

「ああ。かの娘がいたから、俺たちはこうしてまた陽の光を浴びることができてる。必ず報いねぇとな」

 変装して宮殿へ忍び込んだり、自分たちを救うべく奔走してくれたり、行動は大胆ながら心根(こころね)の清く優しい娘なのだろう。
 “鳳家”というだけで敬遠していたが、どうやらそれは間違いだったようだ。

「ところで……太后と蕭家は手を組んだままなんだよな」

「恐らくそうでしょうね」

「太后が敵に回ったことを考えると、今後我々は鳳家と意を共にすることになるのか?」

 義理堅い叔父が、しかし、あくまで春蘭への恩返しと鳳家への左袒(さたん)を別ものとして考えていることは幸いだ。
 朔弦は冷徹に言を返す。

「……それには慎重を期さねばなりません。こたびの二の舞になっては、今度こそ終わりですから」



     ◇



 春蘭はゆったりと市中を進む軒車に揺られながら、小窓から外を眺めた。
 通り過ぎると同時に薬材の値札を確かめる。

「……よかった。少しずつ落ち着いてきてるわね」

 尋問が終わり、片がついてから数日経ったところだが、既に薬材の高騰はおさまりつつあるようだ。
 想定以上に早く終息へ向かいかけている。

「あ、薬房にできてた人だかりもなくなってますね」

 小窓から顔を出した芙蓉が言った。
 以前のように民たちが押し寄せている様子もなく、市井(しせい)はいたって平和そうだ。

「本当によかったですね、お嬢さま。ここ数日お疲れのようでしたけど、顔色がよくなられました」

 わずかに目を見張った春蘭は、芙蓉の気遣いをありがたく思いながら微笑み返す。

 確かに萎れていたが、疲弊というより哀傷(あいしょう)によるところが大きかった。
 無力ゆえのこの結末が心苦しく、情けなく、やるせない。

 それでも悠景や朔弦の放免がせめてもの救いとなり、どうにか感情に折り合いをつけることができた。
 夢幻の言葉が蘇るたび奮い立たされ、前を向くに至った。

 ふと顔を上げ、再び小窓の外に目を向けたとき、往来(おうらい)の中に見覚えのあるふたりの姿を捉えた。
 今度は春蘭が小窓から身を乗り出し、馭者(ぎょしゃ)を務める彼に声をかける。

「紫苑、ちょっと止めてくれる?」



 軒車から降りた春蘭は、高札の前に立つ彼らのもとへ歩み寄った。
 呼びかけるより先に気がついたらしい旺靖が振り向く。

「あ! お嬢さま」

 触れ文と刷毛(はけ)を片手に、ぱっと晴れやかな笑顔をたたえた。