春蘭から懇願(こんがん)されたとき、早々に諦めることなくまともに取り合っていれば、結果が変わっていただろうか。

 蕭家に立ち向かう気概(きがい)も戦意もとうに失っていた煌凌は、何ひとつとして応えられなかった。
 
 彼らの悪事や謀略(ぼうりゃく)を知っていても、どうにもできないのがこの国の現状である。

 むしろ煌凌が下手に歯向かったせいで、結局は容燕の思うつぼとなってしまった。
 いっそう強気に圧迫する口実ができたのだから。

 真実を知ったところで、煌凌にはどうすることもできないのである。

「……すまぬ」

 消え入りそうな声で言われ、莞永は慌てた。

「陛下が謝られることでは……」

「いや、すべて余のせいだ。悠景や朔弦が捕らわれたのだって」

 最初から、己の身や玉座を守ることを優先していた。必死だった。
 容燕に牙を()かれたふたりを早々に見捨てたのも、自分のためでしかない。

 彼が無理やり作り出した結末を真実とするほかなかった。
 その裏で犠牲となった命があるとも知らずに。……なんて無責任なのだろう。

「どうかご自分を責めないでください。陛下のお陰で蕭航季を投獄できたんですから」

 しかし、間もなくそれも無に()すこととなる。
 悠景らの解放と引き換えなのがせめてもの救いであるが。

「……莞永」

「はい」

「ほどなくして悠景たちが放免される。そうしたら、ふたりとも復職させるつもりだ」

 莞永は目を見張り、それから安堵したように破顔(はがん)する。

「ありがとうございます! 本当に……感謝します、陛下」

 当然といえば当然の(はか)らいではあるのだが、それだけが本望だった莞永にとってはこの上ない吉報(きっぽう)となった。

 自分のことではないのに心の底からの喜びを(あらわ)にする彼を眺め、煌凌は不思議に思う。
 これほど配下の者に慕われるというのは、いったいどんな感覚なのだろう。

「……そなたも大儀(たいぎ)であった」

 そう言葉をかけ、陽龍殿の方へと踏み出しかけた王を「あ、あの」と慌てて引き止める。

「もうひとつ、お耳に入れたいことが……」

 振り向いた煌凌に歩み寄り、こそこそとその耳を拝借(はいしゃく)する。

「お嬢さまですが……“左羽林軍の煌凌”を捜してましたよ」