泣きそうな表情で案じる清羽は、微力ながらその背に手を添えて支える。
 顔面蒼白の煌凌はままならない呼吸をどうにか繰り返していた。

「……っ」

 いまにも叫び出したい気分だった。
 恐ろしさに押し潰されてしまいそうだ。

 何が悲しくてあのような冷酷非道な男を、その所業を、黙認しなければならないのだろう。
 自分は王であるはずなのに、どうしてこんなにも追い詰められているのだろう。

 悪に怯え、屈するほかない現状に辟易(へきえき)する。
 利用されるためだけに生きながらえ、孤独に(さいな)まれ続ける日々に何の意味があるのだろう。すべて投げ出してしまいたくなる。

 息苦しくて、身体が重かった。まるで深い水の中で溺れているみたいだ。
 どれだけもがいても、水底(みなそこ)に漂う闇が彼を飲み込まんとする。一切の光も射さない。

 苦しい。
 苦しくてたまらない。

 ぎゅう、と胸のあたりを押さえた。襟元がよれ、しわが寄る。
 あらゆる輪郭(りんかく)が滲んでぼやけた。

(逃げてしまいたい……)

 どこでもいいから、息のできるところへ行きたい。



「────陛下」

 陽龍殿の手前で不意に声をかけられた。

 余裕のない状態で顔を上げると、そこにいた莞永が一礼する。
 紙束を抱えている彼はそのまま歩み寄ってきた。

「何かあったのですか? お顔の色が優れませんが……」

「……よい、気にするな」

 掠れた声で答えると、莞永の手にあるものに目を留める。

「それは?」

「あ、禁婚令のお触れです。妃選びが行われる旨も書かれています」

 数日に分け、その触れ文を各所の高札(こうさつ)へ貼ってくるよう命令を受けたのであった。
 本来は莞永の仕事ではないものの、勝手に業務を離れた罰として雑務(ざつむ)を押しつけられたのだ。

「…………」

 煌凌は固く口端を結ぶ。露骨(ろこつ)(いと)う表情だった。
 絶望への秒読みが始まったのだから無理もないだろう。莞永は眉を下げた。

「……あの、陛下」

「……何だ?」

「こたびの一件……将軍たちを救うべく奔走(ほんそう)してくれていたのは、鳳家のご令嬢なんです」

 煌凌は一瞬ほうけた。話題が逸れ、少しばかり張り詰めた気がほどける。

「お嬢さまは危険を顧みず手を貸してくださいました。自ら宮中や施療院に出向き、証拠と証人を押さえていたのです」

 思い返してみればそうだった。春蘭は確かにそう言っていた。
 証人とは院長のことだとばかり思っていたが、彼だけではなかったようだ。

 以前の莞永からの報告で、記録日誌とやらが燃やされたこと、ひとりの医女が犠牲となったことを王は聞いていた。
 それらが彼女の掴んだ証拠と証人だったのだろう。