案ずるように眉を下げる紫苑にはふたりも同感であった。
 尋問のことを思い、嫌な予感が立ち込める。

「……してやられてしまった」

 果たして元明は暗く沈んだような声色でそう告げる。眉を寄せ、険しい面持ちで顔を伏せる。

「それって……尋問のこと、よね?」

「うん、その通り。王命のお陰で蕭航季の投獄は断行(だんこう)されたけど、医女の尊い命もあの物証も消されてしまった」

 それぞれが息をのんだ。
 いくらか想定していたとはいえ、まさしく“最悪”の結果を迎えてしまったということである。

「本当にそんなことに……」

 俯いた光祥が呟く。
 例の医女を斡旋(あっせん)したのは自分であるため、尚さら重い責任感がのしかかってくる。

「……蕭家が手を下したのですか?」

「分からない。あの子が殺められてしまったのは確かだけど、莞永くんが言うには、遺体は既に消えていたそうなんだ。それ自体は蕭家の仕業だろうけど……」

「謝悠景たちは────」

「それもまだ分からない。蕭容燕が息子を救うのに彼らを利用するかもしれないし、そうしたらふたりとも無事ではいられないだろうね。状況が変わった以上、何事もなく解放される可能性もあるけど」

「…………」

 ぎゅう、と春蘭はきつく両の拳を握り締めた。
 悔しくやるせない思いで震え、てのひらに鋭い痛みが走る。食い込んだ爪が肌を破っていた。

(何もできなかった……)

 医女を守ることも、蕭家を断罪することも、無実の彼らを救うことも────。
 何も成し得ず、一方的に失っただけである。

『いいですか、春蘭。本気で蕭家と渡り合うつもりなら、覚悟を決めてください』

 夢幻ははじめから何ひとつとして間違ったことなど言っていなかった。
 そう気がついた途端、彼の言葉が先刻(せんこく)以上に深く染みてくる。

『次に待ち受けるは妃選び……。それがあなたの初陣です』

 自分自身が矢面に立ち、己の力をもって戦う覚悟────。
 その意味が明確に浸透してくると、強く意識せずにはいられなくなった。