それは、いままでに聞いたどれよりも優しく切実な声音だった。
 言葉を失う中、春蘭は彼の耳に揺れる紫水晶の耳飾りに目を留める。

「夢幻……」

 意外そうに光祥が彼を見やった。
 冷徹ながらも冷たいというわけではなく、その実(いつく)しみにあふれている不思議な彼のことを。

「────これで終息すると思いますか」

 その声に謹厳(きんげん)さが戻った。そっと目を伏せ、すぐに自ら答えを(てい)する。

「恐らく不可能でしょう」

 濡れ衣を着せられ投獄された悠景や朔弦、蕭家の企てた陰謀の行方────まだ、何も終わっていないのだ。

 連中がこのまま大人しく終焉(しゅうえん)を迎えることはないだろう。

「そんな……」

「たとえばうまく事が運んで蕭航季を捕らえられたとしても、蕭容燕には打つ手などいくらでもあります」

 莫大な権力を振るう蕭家のことだ。
 真実をねじ曲げることなど、赤子の手をひねるかのごとく容易である。

「……強欲な彼らが大人しく引き下がるわけがないか。ちょっと急ぎすぎたかもしれないな」

「いずれにしても、こたびの件で連中を追い詰めることはできないと思った方がいい。最悪は証拠や証人を消し、院長のこともとかげの尻尾切りで逃れるでしょう」

 光祥や夢幻の言葉をどうにか受け止めるが、半信半疑な部分もあった。

 全容が王の耳に届いているのであれば、まだ機会はあるのではないか。
 何とかしてくれるのではないか、と春蘭は捨てきれない期待を膨らませてしまう。

 ただ、それでも純粋に楽観視できないのは、彼らの態度があまりにも真に迫っていたからだった。
 足りない“自覚”が少しずつ芽生えていく。

「いいですか、春蘭。本気で蕭家と渡り合うつもりなら、覚悟を決めてください」

「覚悟……?」

「あなた自身が矢面(やおもて)に立つ覚悟です」

 今回のように人知れず奔走(ほんそう)するのではなく、父や王に一任して委ねてしまうのでもなく、春蘭自らが戦うのである。

 それには常に危険がついて回り、生半可な心構えでは到底太刀打ちできないだろう。

 足をすくわれれば一気に奈落の底へ突き落とされる。それはすなわち“死”と同義かもしれない。
 それでも────。

「次に待ち受けるは妃選び……。それがあなたの初陣(ういじん)です」