紫苑が推測を口にした。
 根拠はないものの、否定しきれない可能性のひとつだ。

 むしろその線が濃いのではないか、と夢幻も踏んでいる。

 薬草の収穫量に変わりもなければ、特段品薄になっているわけでもないあたり、やはり何となく不穏な気配を(はら)んでいるように思えた。

「しかし……不確定要素が多く何とも言えません。しばらく様子見ですね」

 柔らかく優しい物腰ながら、夢幻はあくまで冷静で冷徹だった。
 何者かの(はかりごと)である可能性があるのなら、尚さら下手に首を突っ込むべきではない。



 ────春蘭たちが堂をあとにすると、光祥は「ところで」と何気なく切り出した。

「初めて会ったときから思ってたんだけど、前にどこかで会ったことがないかな?」

 色素の薄い夢幻の双眸(そうぼう)が彼を捉える。
 ゆったりと微笑みを向けた。

「わたしもそんな気がしていました。……気のせいだと思いますが」



     ◇



 軒車の小窓を開けると、流れていく春風に窓掛(まどかけ)が舞い上がった。
 同じ風が春蘭の髪を揺らす。

 路傍(ろぼう)に連なる木々は花を咲かせていた。
 晴れ渡った空から降り注ぐ陽の光に心地よさを覚えると、ほのかに香雲(こううん)まで漂っているように感じられる。

「紫苑」

 軒車から身を乗り出し、馬を駆る彼を呼ぶ。

「あの丘に寄ってくれる?」

「かしこまりました、お嬢さま」



 人里を離れるにつれて喧騒(けんそう)が遠のき、車輪の回る音や砂利(じゃり)を弾く音が大きく響いて聞こえた。
 丘へたどり着く前に春蘭は軒車を止めさせる。

「ここからは歩いてくわ。久しぶりだし……」

「では、軒車を方向転換させてからわたしも追いますね」

 桜の木がある丘までは一本道で、その両端には広大な花畑が広がっていた。

 ひらひらと唐突に現れた小さな蝶に導かれるように、春蘭は丘への小道を進んでいく。

 薄紅色の花びらが風に舞って春空を泳いだ。
 穏やかな陽気が、景色を明るく染め上げる。

「!」

 桜花爛漫(らんまん)の木の下に佇むひとりの人影を認め、はっとした。
 一歩、また一歩と近づくにつれその姿が明瞭になっていく。

 雪のように降りしきる花びらの吹雪の中、桜の幹に手を添えていた彼が顔を上げた。
 春蘭と目が合うと、丘を下りて歩み寄ってくる。

「あなたは────」