反射的に頷きかけたものの、春蘭はふと動きを止める。
 結局、黙り込んで時間をかけても答えられなかった。
 そんなこと、考えたこともなかったからだ。

 ただ己の正義感と信義を貫いただけであって、見返りや利益のことなど頭の片隅にも上らなかった。
 それが、紛うことなき春蘭自身の考えと結論である。

 しかし“鳳”がつくと、何となくそぐわないような気がする。

 鳳家の人間であることにちがいはないが、夢幻の言う通りでは鳳家の利潤(りじゅん)を追求していることが前提となる。
 少なくとも今回、春蘭の原動力の中にそれは含まれていなかった。

「……分からない」

 ようやく口にした言葉は曖昧で、消え入りそうな声になってしまう。

 既にその答えを見抜いていたようで、夢幻は特段驚くこともなかった。ただ、そっと静かにため息をつく。

「……まだまだ自覚が足りないようですね。鳳家の娘として」

 ────そうかもしれない。実際についこの間、紫苑や光祥に()かれるまで、蕭家の恐ろしさを露ほども知らなかった。

「夢幻さま、何もそこまで……」

「あなたもですよ」

 ぴりついた空気を感じ取った紫苑が春蘭を庇うように一歩踏み出したところ、矛先がこちらへ向いた。

 思わぬ流れ弾を食らった気分で「え」と呟き、わずかに目を見張る。

「主を全肯定することがあなたの務めですか? このまま盲目的でいれば、待ち受けているのは破滅ですよ」

 鋭い言葉にぞくりと背筋が冷えた。
 蝋燭(ろうそく)の灯りを受けた夢幻の銀髪が光る。

 紫苑には、彼の言っている意味がよく分からなかった。

 春蘭に心からの忠誠を誓い、彼女を守ることに身命(しんめい)()している身としては、それの何が問題なのかが理解できないのである。

 いつだって春蘭は道義を重んじ、慈愛に満ちた心持ちで、数多(あまた)の選択肢の中から正しい道を選び抜いてきた。

 誰よりそばでそれを見てきた以上、いかなるときも信じるのは当然ではないのだろうか。
 それは、盲信とはちがうはずだ。

「……ごめんなさい、夢幻。紫苑に光祥も、迷惑かけちゃってごめんね」

 重たげな沈黙を破り、春蘭はしおらしく謝った。

「そんなことは思っていません」

 ふたりが口を開く隙もなく、夢幻が言う。

「ただ単に非難したいわけでもありませんよ。……わたしはただ、あなた方を失いたくないだけ」