────少し時を(さかのぼ)る。
 春蘭と紫苑は堂へ赴き、夢幻を(おとな)っていた。

「やあ、ふたりとも」

 先に姿を見せていた光祥に出迎えられ、ともに円卓につく。紫苑は傍らに立ち、夢幻は壇上の長椅子に腰かけていた。

「早朝、鳳家から来た使いが医女を連れていったけど……道中は何事もなかったのかな」

「少なくともうちまでは大丈夫だったわ。今朝方、お父さまと軒車で宮殿へ向かった」

「旦那さまと一緒ですからきっと無事ですよ」

 それぞれの声を聞きつつ、夢幻は半蔀(はじとみ)の向こうに目をやる。

「既に尋問が始まっている刻限(こくげん)ですね」

 日は高く、澄んだ青空が広がっていた。

「ええ、うまくいけば蕭家の罪を追及できるわよね」

 春蘭は期待の込もった眼差しで希望的観測を口にする。

「そうしたらきっと、謝大将軍たちのことも救える」

「…………」

 夢幻がわずかに目を細めた。もの憂げな表情はどこか険しく、見るからに普段ほどの余裕を損なっている。

「夢幻さま……?」

 どことなく不穏な雰囲気を感じ取った紫苑は不安気にその名を呼んだ。
 夢幻はただ春蘭を見据えている。

「────どういうつもりだったのですか」

 静かに尋ねる口調は重々しい上にいかめしく、光祥も紫苑も口を(つぐ)んでしまう。春蘭も戸惑った。

「どう、って……」

「どういうつもりで謝悠景や朔弦を救おうと動いたのか、と問うています」

 調子を崩さないまま淡々と続けられ、思わず背筋を伸ばす。
 ぼんやりとしていた己の原動力や信念を形にできるような言葉を、頭の中で慎重に探した。

「罪のない人が……誰かの私心(ししん)や欲の犠牲になるのを見過ごせなかったの」

 悠景や朔弦の“立場”など、春蘭にとってはどうだってよかった。
 彼らが罠にかけられた被害者であることが明らかだったからだ。

 それを知ってしまった以上、じっとしてなどいられなかった。不条理を無視して捨て置くことができなかった。

 正義や道徳を重んじる清廉なお人好し────それが春蘭という人物だということは、この場にいる誰もがよく分かっていた。
 しがらみに囚われることがない。良家の子女としては稀有(けう)な存在だろう。

「動機を尋ねているのではありません」

 顔色を変えることなく夢幻は言った。

「彼らを救おうとしたのは……“鳳春蘭として”ですか?」