莞永の語気が荒くなる。
 態度も言葉遣いも、普段の航季であれば不遜(ふそん)だと怒り散らすであろうにいまばかりは大人しかった。

 事を成し遂げた安堵からなのか、捕縛されたがゆえの観念からなのか。

「……さぁな」

 航季は挑発するように短く答えるのみで、まともに取り合うつもりなど持ち合わせていないようだ。

 眉を寄せた莞永は、力任せに航季を突き飛ばした。
 両腕の自由を失っているというのもあり、航季はその勢いのままに地面に倒れ込む。

「か、莞永さん。さすがに……」

 部下の兵が慌てたように制した。
 航季が蕭家の人間だからだろうか。あるいは莞永の上官だからだろうか。

 いずれにしても、そんなことは関係ない。
 いま、目の前にいるのは────。

「……ただの、悪党だろ」

 ぐ、と爪が食い込むほど強く拳を握り締めた。
 中途半端な覚悟が、果たせぬ約束が、この最悪の結果を招いてしまったのだ。

「!」

 はっと不意にひらめく。医女の護衛を任せた旺靖はどうなったのだろう。
 姿がないが、もしや彼女と同じ目に遭わされたのではないだろうか────。

「か、莞永さん!」

 部下に連れられ、旺靖が屋舎から出てきた。莞永の姿を認めるなり転がるように駆け寄ってくる。

「旺靖……。無事だった、のか」

「俺は平気っす……。でも、すみません。結局守りきれなかった」

「……何があった?」

「わ、分かりません。気づいたら意識を失ってて、目隠しと拘束されたまま閉じ込められてて」

 航季が旺靖を拘束した上で医女に手をかけたのだろうか。彼ならば旺靖ともども殺害してもおかしくないが。

 あるいは錦衣衛に蕭家の間者(かんじゃ)が潜んでいる可能性もある。
 その場合も、旺靖が無事だったのは奇跡に近い幸運であった。

「……とにかくよかった。きみまで殺されるようなことがなくて」

「莞永さん……」

 ほっと息をついた莞永はすぐに頬を引き締め、謹厳(きんげん)な面持ちで兵の方を振り返る。

「罪人、蕭航季を錦衣衛の地下牢に幽閉しろ!」



     ◇



「……主上」

 蒼龍殿へ参上した元明は遅れて王に拝謁(はいえつ)した。

 医女を莞永たちに任せたあと、真っ先に謁見を申し入れたはずが、今日に限って()()()叶わなかった。

 王の居所である陽龍殿(ようりゅうでん)の女官に取り次ぎを頼んだのだが、そこで待つよう促されただけで、いまのいままで王には会えなかった。

 “待つ”という名目で、元明は一室に閉じ込められたまま監視されていたのだといまさら気がつく。
 女官や内官の対応は手厚かったが、尋問が終わるまで退室することをことごとく阻まれたのだ。