気が(くじ)けそうになる中、早鐘(はやがね)を打つ心臓を必死でおさえながら勇気を振り絞って言いきった。
 激怒する容燕がさらに何ごとかを口にする前に、煌凌がゆらりと立ち上がる。

「誠か……? 誠に航季の指示なのだな?」

「主上!!」

 聞く耳を持つな、と制するため容燕は叫んだが、いまばかりは煌凌も怯まなかった。

 最悪の想定とは異なり、またとない好機を得たのだ。悠景らを救うだけでなく、蕭家を追い詰められるかもしれない。
 切迫感に押し潰されそうになっていた胸に流れ込んできた期待に突き動かされる。

「はい、本当でございます! 引き換えにわたしの復職を約束してくださいました」

 昨晩、航季に殴られ蹴られ腫れた全身の痛みが舞い戻ってきて、つい声にも熱が込もる。

 煌凌は固唾(かたず)を飲み、激怒する容燕を窺った。
 ────この機会を逃すわけにはいかない。
 蕭家からの報復を恐れず、事実を証言してくれた院長の意気を無駄にしないためにも。

「……羽林軍、錦衣衛、全兵に命じる。ただちに蕭航季を捕らえよ。それに伴う全権を、左羽林軍の晋莞永に与える」

 意を決して顔をもたげ、王は静かに言ってのけた。
 場のざわめきが一気に湧いて増し、先ほど以上の動揺が遍満(へんまん)していく。

 拳を震わせながらわなないた容燕が、勢いよく煌凌を振り返った。

「主上! 惑わされますな、この者は────」

王命(おうめい)だ!」

 煌凌は初めて、真っ向から容燕に立ち向かった。

 にわかには信じがたいその事実に、容燕は瞠目(どうもく)して言葉を失う。

 傀儡(かいらい)としてしか存在価値のない、王たる素質も資格も不足した寂しいだけの未熟な“子ども”が────生意気にも刃向かった。
 飼い犬に手を噛まれた気分である。

 ただひとり、この場において冷静さを欠くことのなかった莞永は、堂々たる態度で王の前へ歩み出て跪く。

「ご命令、承りました」



     ◇



 航季は(すさ)んだ足取りで錦衣衛へと引き返していた。

 急ぎの用とやらで呼ばれたはずが、執務室を訪ねても父は不在であり、待てど暮らせど戻ってくる気配はなかった。

「莞永め……」

 まんまと騙された。医女から引き離すのが目的だったのだろう。

 とはいえ、錦衣衛には留まるほかないはずだ。証人として召喚するには正式な手続きを踏まなければならない、というのは事実だからだ。

「……航季さま」

 音もなく不意に現れた笠の男────兇手(きょうしゅ)であり航季の腹心の手下である黑影(こくえい)は、いつになく余裕のない表情を浮かべている。

「ああ……黑影か。悪いが歩きながら話してくれ。急いであの女を始末しに行かなければ……」

「大変です。例の院長が尋問で、不正授受は航季さまの指示だと自白を」