王や容燕のいる上段のもとに控えていたひとりの男と目が合った。

 彼、莞永の凄みを受けた院長は呼吸すら忘れ、口を開けたまま固まってしまう。

 近衛である左羽林軍の長もその次官も不在であるいま、軍を束ねる役は莞永に任されていた。

「…………」

 視線を泳がせたり頻繁に舌なめずりをしたりするなどの挙動不審な院長の行動を見て、彼は嫌な予感を抱いていた。

 おかしなことを口走る前にひっそりと小石を蹴って(いまし)めたのだが、どうやらそれが功を奏したようだ。

 尋問場の空気に飲み込まれていた院長は昨晩のことを思い出したらしく、すっかり正気を取り戻した。

『助かる方法はひとつだけあります』

 頭の中で莞永の言葉が蘇る。

『尋問の場で包み隠さず真実を話すこと』

(そうだ……。わたしが助かる道は────)

 院長は観念したように小さく息をつくと、刑部官吏の言葉に首肯(しゅこう)した。
 それを見た煌凌は、ぎゅっと人知れず拳を握り締める。

(……それを、悠景たちの指示ということにする気か)

 血なまぐさい地下牢に閉じ込められているふたりに思いを()せる。

 容燕はわずかに口角を持ち上げた。

「誰の指示だ」

「それは……」

 終わりだ────ここで、悠景の名が出れば。
 じきにもうひとりの証人とやらも始末され、証拠も消える。
 そうすれば真実は永久に闇の中に葬り去られるだろう。

 容燕はそっと髭を無でた。────しかし。

「蕭航季……さま、です」

 院長の言葉に笑みが消えた。

「……!?」

 煌凌にとってもあまりに予想外な返答である。
 胸を貫いた驚愕に思わず身を乗り出したものの、瞠目(どうもく)したまましばらく絶句していた。

 尋問場はざわめきに包まれた。
 その場にいた全員、(いな)、莞永と口にした張本人である院長以外が一様に驚きを(あらわ)にする。動揺の波が広がっていく。

「おのれ!!」

 それらを一喝(いっかつ)するような容燕の怒鳴り声が響き渡る。切り裂かれた空気は一瞬にして()いだ。
 院長はびくりと肩を揺らし、身を縮こまらせる。

「恐れ多くもわたしの息子を愚弄(ぐろう)しようとは……!」

 目を吊り上げ、容燕は怒りで拳を震わせていた。
 怒髪(どはつ)天を()く勢いに、周囲の誰もが萎縮してしまう。

「お、お、王さまの御前で嘘など申しません! わ、わたしは確かに航季さまの指示で……っ」