幼少の頃から、仲の良いフィーナは可愛いとは思う。
だが、少しばかりポッチャリしていた。
初めは気にもしていなかったが、学園の初等部に通う様になり、周りに他の女子がいて気付いた。フィーナは太めだ。
デブとまでは言わないが、比べれば一目瞭然だった。
親に勧められて婚約したはイイものの、マックは日に日に不満が募っていった。
性格や容姿はともかく、友人達の婚約者はスラリとしている。
「マックはモテるんだから、あんなデブより、もっと別のがいるんじゃない?」
「妥協するにも程がある」
「俺の彼女と比べ──」
「比べんなよ」
何かあるたびにフィーナを揶揄して、友人達はマックを笑っていた。
マックは婚約を勝手に決めた両親に憤りを覚えた程だ。文句を言えば、両親はいずれは痩せて綺麗になるわよ。
と言って婚約を破棄する気配はなかった。
そんな時に、リリーと出会った。
クルクルと可愛らしく表情を変え、マックを慕う彼女にすぐ心を奪われていった。
フィーナは自分を好きだと言ってくれた事はない。だが、リリーは違う。カッコよくて好きだとストレートに伝えてきた。
だから、フィーナとの婚約など破棄してやろうと考えたのだ。
次にフィーナに会う日があったら、言ってやると意気込んだ。
「フィーナ。悪いけど、好きな人が出来た。婚約を破棄しよう」
本当は、破棄しろ! と強く言いたかったが我慢した俺を褒めてくれ。
余り強く言って泣かれでもしたら、後味が悪いとマックなりに配慮したつもりだった。なのにフィーナは、泣くどころかシレッとしていた。
「……いいけど。破棄じゃなくて解消でしょ?」
「え?」
「私が何かした訳ではないのだから、解消でしょ? 破棄じゃまるで私に非があるみたいじゃない」
「はぁぁっ? 俺には非なんかないだろ! 逆にブタと婚約してやっていた俺に感謝して欲しいぐらいだし!?」
一瞬フィーナは破棄と言われたのに、なんで冷静なんだとマックは思ったが、非がないと言われ頭にきてしまった。
だが、改めてマックはフィーナを指差して怒った様子で言い放った。
元々幼馴染みだっただけで、婚約する事になった事に憤りを感じていたのに、マックはフィーナの体型が気に入らなかった。
パーティーにフィーナを連れて行けば、クスクスと笑われている様に感じて凄く恥ずかしい。周りの女性とフィーナを見比べ、自分にはもっと綺麗な女性が似合うと、常々思っていたのである。
「あっ、そう? そういう事。性格だったら仕方ないと思ってたけど。それもどうでもイイや。私は好かれてもいない男性と結婚する気はないから」
そんな言葉を返してきたフィーナにイラッとしたが、揉めて親が出て来たら厄介だ。マックは出かかった怒りを飲み込んだ。
「ふん? 強がりなんて言いやがって。俺に破棄されたらお前みたいなブタ、貰い手なんか無いだろうよ」
フィーナが余りにも冷静だったために、マックは嫌味の1つでも言ってやりたくなっていた。
泣きつけとまで言わないが、ここまで無関心に言われると腹が立つのだ。
「もう婚約者ではないのだから、そんな心配は必要ないんじゃない? あぁ、まだハーネット家のご両親もいるから私から言っておくわ」
偉そうに言うフィーナにハラワタを煮えくり返していたが、これで終わるとマックは我慢したのだった。
マックの両親はフィーナとの話を聞き、考え直せないかと言っていたが、強く無いと否定した。
フィーナも反論がなく、マックの熱意が伝わったのか婚約は白紙になったのだった。
* * *
マックとフィーナの婚約が白紙になった。
それを、親経由で聞いたクリスはなんだか、ホッとした事には気付かないフリをしていた。
なんだか心配になり屋敷を訪ねれば、いつも元気なフィーナが、落ち込んでいる気がしてクリスは声を掛けた。
元気なフィーナが好きだったクリスは、ことある毎に声を掛けたし、夜会にもマックの代わりにエスコートしていた。
「うっわ、クリス。マックの出涸らし貰ったのかよ」
「出涸らしじゃなくて、お下がりって言うんだよ」
「あんなのが幼馴染みなんて、災難だなクリス」
フィーナを連れて行くと、クリスは友人達に揶揄われた。
自分の婚約者と比べて笑われる日も多かった。
顔も家柄も良い2人に、少しでも綻びを見つけたい皆は、すぐに食い付きターゲットを変えたのである。
以前あったマックに対する揶揄の矛先が、クリスに変わったのだ。
──そんなある日だった。
「私……クリスが好き」
そう言われたのは。
優しくしたから勘違いしたのかもしれない。
揶揄われるのに疲れたクリスは溜め息を漏らした。
「ゴメン。そんなつもりで仲良くしていた訳じゃなかったんだ」
クリスは、こんな事になるなら優しくするんじゃなかったと後悔さえしていた。
彼女との友人関係まで、終わらせたくなかったからだ。
「そっか」
そう言って笑ったフィーナは、泣いている様に見えた。
泣かせたかった訳じゃないけど、仕方ないとクリスは自分に言い聞かせて別れた。
あの後、暫く経ってクリスは気付いた。あの時のフィーナは可愛いドレスを着てお粧めかししていたのだと。
僕のためだけに……。
* * *
それから、フィーナとは全く会う事も、話す事もなくなっていた。それはマックも同じらしい。
毎年2人の誕生日には、フィーナの育てた花が送られて来る事も、手作りの菓子もなくなった。何より誕生日会がなくなったのである。
それを寂しいと思うくらいには、フィーナの事が好きだったと2人は気付いてしまった。
学園でも、夜会でもフィーナと会う事もない。
両親達だけは交流があるが、マックの事もあって気まずいのか、皆が揃っての懇親会はなくなった。
そんな時だった。
マックの屋敷に遊びに来ていたクリスが、客間で話す母親達の話を耳にしたのは。
「まぁ、フィーナちゃん。新しく婚約者が?」
「まだ婚約はしてないわよ。したら、嬉しいなって話」
「でも、社交界では結構な噂よ? あの侯爵様と仲睦まじいって話は」
「え? そうなの? フィーナったら何も言わないから」
「そっとしておきましょうよ。折角のご縁だもの」
──あのフィーナに恋人が出来た。
クリスは衝撃過ぎて、言葉がなかった。
トイレを借りようと歩き出した足が、石になった様に動かなかった。
僕を好きだと言ってくれたフィーナが、誰かと結婚する。
そう思うと、クリスは何故か無性に心が騒ついた。
「あの……フィーナが?」
母親達の声が大きくて、フィーナの話だと気付いたマックも部屋から出ていたのだ。
彼もまた、衝撃だった様だ。
あの、太ったフィーナが結婚?
しかも、身分の高い侯爵?
ショボくれた爺さんの後添えかと、耳を澄ましていれば、どうやら違うらしい。
マックはマックでショックを受けていたのであった。
* * *
それからというもの、マックとクリスはその侯爵様とやらが来るであろう夜会を、探し聞きつけ片っ端から参加した。
相手が不細工なら笑ってやろうかとさえ思っていたのだ。
だが、侯爵を捜し中庭に向かえばーー
仲睦まじい2人の姿があった。
話は遠くて聞こえないが、愛し合っている恋人の様に見えた。
デブだと揶揄されていたフィーナはすっかり痩せ、元から良かった容姿が更に美しくなっていた。
とても可憐で相手を上目遣いで見る仕草が、2人をまたドキリとさせていた。
相手の侯爵は歳上だが気品があり、自分達が文句を言う隙はない。不細工か腹が出てるオッサンかと想像していたが、真逆の美丈夫だったのだ。
揶揄してやろうと意気込んでさえいた2人は、恋人の様な甘い空気に気圧され、足が一歩も動かなかった。
周りからの揶揄した言葉なんか、無視すれば良かったのかもしれない。
本来の彼女の資質を見れば良かったのかもしれない。
今更ながらに、マックは婚約を白紙にした事を、クリスはフィーナからの告白を、素直に受け止めれば良かったと深く後悔していた。
暫く呆然として見ているとーー。
2人は、溶け合う様にキスの雨を降らせていた。
マックとクリスは顔を見合わせる事もなく、無言でその場を去る事しか出来なかったのである。
ーーそれから、数日後。
フィーナとルーフィスの婚約が発表された。
それは幼馴染みそれぞれの、幼い恋が終わった日だった。