※短編集を非公開にしたので、オマケの短編としてこちらにまとめました。笑えるファンタジー。


「森林エルフの生態と悦楽」

1
 燦々とした木漏れ日の糸が織りなす綾が、様々な生命の緑と戯れて、どこかで鳥の声や動物たちのうごめく物音が聞こえてくる。
 ただの石ころですら日中の陽光の照り返しにどこか輝いて見えるようで、たまたま条光の直射の撃たれて浮かび上がった赤い花が、ソワソワと浮き立つように風に揺れている。この風は清冽なせせらぎの冷たさから流れてくるのだ。森の世界は満たされていながら吹き通す自由な大気が、いつだって閉塞感を洗い去っている。

 モカシンのスニーカーの足首は飾り紐で留めてある。ただでさえスリムで小柄な森林エルフの娘はバックパックと弓矢を背負い、それでもフワリとした足取りで歩いていく。髪の毛はこんな明るい日差しの中では緑色や金色に光って見えるが、実際にはグリーンがかったブラウンに近い色である。
 目敏い琥珀色の瞳はさっと一瞥するだけで役立つ薬草を見つけ出し、根絶やしにしないように根っこを残したり、分量を加減して摘んでいく。腰に吊した布のポシェットは採取の入れ物なのだ。
 背後から、銀色の隈取りのある大きな狼のような犬が主人の後を追う。かつて鮮魚人の犬肉屋で吊されていた仔犬を助けたら、いつの間にやらこんな風にすくすくと育ってしまった。立ち止まり追いつくと、娘の象牙色のワンピースのスカートに鼻を押しつけ、めくるようにして可憐なヒップの匂いを嗅ぐ。

「マロー、このスケベ犬!」

 叱るように頭を手で叩いてやると、犬のマローは座って尾を振りながら、ニヤリと口の端から舌を流していた。邪気があってやっているわけでもあるまいが、それでもオスだからどこかしら、彼女の女性に反応しているとしか思えないところがあった。
 しらばっくれた隈取りの犬顔を両手で挟み、こめかみの毛と頬を左右に引っ張ってやる。反省どころから、ますます嬉しそうに「ワオッン」と甘えた声で吠える。
 そのとき犬の目がピクリと動き、森林エルフの娘もその目線を追う。そうこうするうちにタローが茂みに突進し、何か動くものが飛び出してくる。
 ウサギだった。
 それも、ごく近い。
 弓矢ではなく、そっと素早く腰帯の革袋から細い投擲ナイフを抜く。ほとんどノーモーションのアンダースローで、トスっと一発で仕留める。犬のタローが勝ちどきのように、得意顔で吠えはしゃぐ。

「晩御飯だね!」
「ワオんっ!」

 そして主従は満足げに目線を見交わした。


2
 薬草や鉱石採取の小旅行中には、逐一に自分の作業小屋や村や集落に戻っているのは非効率だ。だから適当な場所でキャンプするということになる。
 魔法薬を含む薬剤の製造は森林エルフの国の主要産業であるから、薬草園などの施設地域もあるのだけれども、大規模に栽培されている品種には限りがあるし、栽培の元株も需要はある。それに私用や非公式売買、つまり地下経済的な余地が国策として残されている事情もある。中にはあまり大っぴらに栽培できないようなものもあるし、特殊な薬草などで栽培そのものが難しい場合だってある。

 エルフの娘ピノキアは手慣れたもの、タープ(防水布)で小さな崖の切り壁に雨風避けを張り、皮と布の敷物を敷いて腰を下ろす。手近には薪になりそうな一束の枝を置き、小さい油の小瓶と火打ち石で火をつける。
 そろそろ黄昏であるから、手早くウサギを血抜きして皮を剥ぎ、内蔵を抜く。その傍らでマローが行儀良く座って、主人の手際を鑑賞している。どことなく誇らしげなのは「一緒に捕まえた」満足感のゆえなのか。
 たいていの場合の配分はエルフの娘が肉を食べ、犬が主に骨と内蔵を頂くことになる。愛しい主が鍋で調理する火の周り、同じ火で熱を通すのだ。そして火が通って調理が終わるまでの間、傍らで付き添って撫でられるのが犬一流の幸福な時間でもある。
 今日はピノキアは機嫌が良い。

(キノコの収穫祭だわ)

 それらは違法な幸福・幻覚薬や、精力剤の原料として高く売れるし、ピノキアの調剤スキルならば自力で製品に仕上げることもできる。同じ森林エルフのスキンヘッドに入れ墨したイカツイ人たちなどが買い取ってくれ(公営の軍隊組織の一角で黙認されている)、異国のアホな金持ち男やら、鮮魚人のモンキーハウス(外貨を稼ぐ行楽売春宿)に密かに出荷されている裏事情がある。
 ウサギの夕食は美味だった。
 肉と毛皮をありがとう!
 食物連鎖は自然の掟である。
 とりあえず、美味しく頂く前に簡素な感謝の祈りくらいはしてやらなくもない。犬だって神妙な顔で「待て」しているのだった。
 だいたい、過剰に森林エルフを美化する人間たちはアホなのだろうが、彼らなりの道理や倫理観がないわけでもない。過剰な期待を押しつけたり、自分たちの基準で一方的に他者を評価しようとするから、かえって理解がこじれることも多いだろう。種族の違う「人」なのだから。