◯日和の学校、教室(第3話の続き)


日和のメモ用紙を握っているクラスメイトの男の子の手首を握っている凪。


クラスメイト男子「お〜、凪!お前も気になるだろ?昭和が昭和っぽく、どんな文通のやり取りしてるか」

凪「興味ねぇよ。早くそれ返せよ。昭原、嫌がってるだろ」

クラスメイト男子「え〜、でも〜…」

クラスメイトたち「そうだよ〜。いいじゃん、凪っ。あたしたちも気になるし」


それを聞いて、周りを睨みつける凪。


凪「なにがいいんだよ。お前らだって、勝手にLINEの中身読まれたら嫌だろ?」


凪のその言葉に、周りはなにも言えずにごくりとつばを飲む。


凪「そういうことだよ。わかったならさっさと返せ」


凪はクラスメイトの男の子からメモ用紙を奪い取る。


凪「はい、昭原」


そう言って日和にメモ用紙を差し出したあと、凪はそっと日和の耳元に顔を近づける。


凪「もう落とすなよ。読まれたら、俺だって恥ずかしいんだから」


小声でそう話す凪の頬は少し赤くなっている。

日和も耳元で2人だけの秘密の話をされ、ドキッとして頬を赤くする。


日和「う…うんっ。ありがとう、進藤くん」

凪「そんなのはいいから、早く委員会行こ」

日和「うん…!」


笑みを見せながら、廊下に出ていく凪のあとを追う日和。



◯家までの帰り道(前述の続き)


学級委員会が終わり、いっしょに下校する日和と凪。


日和「今日の委員会の内容、次のホームルームのときにクラスで共有するようにって、先生言ってたよね?」

凪「ああ。今日の資料はタブレットに送るんだってさ」

日和「じゃあ、ちゃんと確認しておかないとだね」


並んで歩く日和と凪。


凪「それにしても、ほんと昭原ってアナログだよな」

日和「え?」

凪「だって、今日の委員会で先生が黒板に書いてたこと、全部ノートにメモしてたし」

日和「べつに普通じゃない?そうしないと忘れちゃうよ」

凪「あんなの、あとでスマホで撮ればいいだけなのに」


と言って、凪は日和からの視線を感じで顔を向ける。

日和は目を細めてじっと凪を見つめている。


凪「…あっ、ごめん。スマホ持ってなかったんだったな」

日和「そうですよー」

凪「こういうときのためにも、スマホ買ってもらえばいいのに」

日和「いいの、いいのっ。書いたほうが覚えられるし」

凪「あっ。それと同じこと、ばーちゃんも言ってた」


ケラケラと笑う凪。


日和「はいはい、そうですね。どうせわたしは昭和ですよっ」


頬を膨らませていじける日和。


凪「昭原が住んでた三郷村…だっけ?同級生もみんなスマホ持ってないの?」

日和「うん、そうだね。というか、同級生って1人しかいなかったんだけど」

凪「マジ!?」

日和「うん、わたしと幼なじみの2人だけ。もともと人口少ないから、子どももあんまりいないんだよね」


苦笑いする日和。


凪「その幼なじみは?今も村に?」

日和「ううん、中学卒業後のわたしと同じタイミングで引っ越したよ。村からじゃ一番近い高校も通いづらいし」

凪「その唯一の同級生の幼なじみとは連絡取り合ってないの?取るとなったら、やっぱり文通?」

日和「ん〜、親同士が頻繁に連絡取り合ってるし。それにそのコ、陸上部の推薦でこっちの高校に通ってるんだよね。だから、もしかしたらどこかでふらっと会うこともあるかも」

凪「へ〜、推薦なんだっ。すげー。ちなみにどこの学校?」

日和「青林(あおばやし)高校…なんだけど、知ってる?」


それを聞いて、キョトンと日和のほうに顔を向ける凪。


凪「えっ、…青林?あそこって男子高じゃ――…って、昭原の幼なじみって男子なのっ?」

日和「うん、そうだよ。“タカちゃん”っていうの」

凪「なんだ、そういうことかー。俺、勝手に女子を想像してたわ」


自分の勘違いに笑う凪。


凪「じゃあ、なに?もしかして、その幼なじみが昭原の彼氏とか?」

日和「…えっ!?」

凪「よくあるパターンじゃん。仲いい幼なじみって、付き合ってるとかどっちかがどっちかのこと好きだとか」


なんとなしにそんな話をする凪。

しかし、隣の日和はうつむいて黙り込んでしまう。

それを見て、なにかを察する凪。


凪「あれ?…図星だった?」


少し間が空いて、日和がこくんとぎこちなくうなずく。


日和「…ずっと好きだったの。タカちゃんのことが」

凪「へ〜。いいね、そういうの。村唯一の同級生で、生まれたときからの幼なじみって、それって両想い確定じゃん」


笑ってみせる凪。

しかし、日和は唇を噛んでうつむく。

日和のその姿に、若干顔がこわばる凪。


凪「もしかして…俺、なんかまずいこと言っちゃっ――」

日和「…それが、振られちゃったんだよね」


日和は空元気で笑ってみせる。


日和「タカちゃんが村を出る少し前にね、告白したの。手紙で」


日和は懐かしむように空を見上げる。



◯(回想)中学生の頃の日和と隆弘(たかひろ)


田んぼ道を歩く日和と隆弘。

日和に笑いかける隆弘。


日和(わたしの幼なじみ、沢辺(さわべ)隆弘。わたしは幼い頃から『タカちゃん』と呼んでいる)


陸上の試合で、爽やかな汗を流しながら短距離走を走る隆弘。


日和(タカちゃんは運動神経抜群で、次々と陸上の大会で優勝していき、タカちゃんは三郷村の自慢だった)


村の駄菓子で、おやつを買って食べる2人。


日和(かっこよくてやさしくて。そんなタカちゃんのことが、わたしは物心ついたときにはすでに好きだった)


中学の卒業式で、笑い合う日和と隆弘。


日和(だから、最後にどうしても想いを伝えたくて、わたしはタカちゃんに手紙を書いた)


自分の部屋で、一生懸命隆弘に手紙を書く日和。

【ずっと好きでした。付き合ってください。返事は明日、神社で――】と綴る。

次の日、だれもいない神社の鳥居の前で向かい合う日和と隆弘。


隆弘「手紙、ありがとう。でも…ごめん。日和のこと、幼なじみ以外に見たことがない」


気まずそうな表情で告白の返事を断る隆弘。


日和「…そっか。そうだよね…!なんか、気を遣わせちゃってごめんね!わざわざきてくれてありがとう」


辛いのを隠すため、無理に笑ってみせる日和。


(回想終了)



◯家までの帰り道(回想前の続き)


凪「手紙でってところが昭原らしいな」

日和「直接伝えるのが恥ずかしかったっていうのもあるけど、手紙なら普段言えないような言葉も文字にすることができるから」

凪「…なるほどな。昭原がLINEじゃなくて手紙とか、電話じゃなくて直接会って伝えることにこだわってるのは、そういうことか」

日和「うん。スマホで打ったメッセージよりも手書きのほうが相手の気持ちが込められてる気がするんだよね」


無言で歩く2人。


日和「な、なんか湿っぽくなっちゃったね…!こんな話したけど、実はもう吹っ切れてたりするんだよね」

凪「あ、そうなの?」

日和「うん。そりゃ…振られた直後は落ち込んだけど、タカちゃんの気持ちを直接聞けて納得したっていうか。やっぱりああいうのは電話でとかじゃだめなんだよ」

凪「そっか〜。会った初日、俺にそう言って説教してきたもんな」

日和「ああ、あれは…ねっ」


クスクスと笑い合う凪と日和。


凪「でもさ、そういうのって逆にLINEとかのメッセージのほうがよかったんじゃない?」

日和「え?」

凪「だって、振られたらこれまでの幼なじみの関係も壊れるわけだろ?告った昭原は傷つくし、振った相手も気まずいし、長年積み重ねてきた関係はパァー。なにもいいことなんてないじゃん」

日和「いいことなんてないなんて、…そんな言い方」


凪の発言に表情がこわばる日和。


凪「それなら、メッセージでそれとなく探り入れて、いけそうだったら告る。違うと思ったらやめておく。そうしたら、振られてそのままの気まずい関係じゃなくなったんじゃないかな?」

日和「そんな、スマホを持ってるを前提の話をされても…」

凪「俺が言いたかったことは、告るタイミングを間違えたんじゃないかってこと。時期尚早なんだよ。いくら手紙や直接会って顔見て気持ちを伝えたからって、それで相手の気持ちが自分に向くならみんなやってるよ」

日和「べつにそこまで言わなくたって――」

凪「昭原はアナログにこだわりすぎなんだよ。高校進学して、お互いがスマホ持ってからやり取りしたら、それでまた別の展開に発展したかもしれないのに。メッセージで相手を落とすのなんて簡単だよ。そんな、バカ正直に真正面から告白しなくても――」


と言いかけて、なにかを察してはっとする凪。

おそるおそる顔を向けると、日和は目に涙をこらえて流れるのを必死に堪えていた。


日和「…進藤くんはそうだよねっ。スマホで口説くんだし。でも、少しでも自分の気持ちが伝わればと思って、手紙書いたり、直接告白することって…そんなにバカバカしいことなのかな」

凪「いや…、俺はそういうつもりで言ったわけじゃ――」

日和「さっき“バカ正直に”って言ったよね…!…いいよ!どうせわたしは、考えも古いアナログ人間なんだからっ…!進藤くんといっしょにしないでよ!」

凪「…あっ。待てよ、昭原…!」


日和は凪をキッと睨みつけると、涙をこぼしながらその場から走り去っていく。

日和に手を伸ばして引き止めようとするも、日和の泣き顔を見た凪は、思わずその場で足を止めてしまう。


凪(俺が…昭原を泣かせた)


日和の泣き顔を思い出し、唇を噛む凪。


凪(泣かせるつもりなんて…なかったのに。昭原が振られて傷つかない方法もあったんじゃないかってことを言いたっただけなのに…)


ぐっと拳を握りしめ、悔しそうにその場にうつむく凪。



◯日和の家、日和の部屋(前述の続き、夜)


パジャマ姿の日和。

ベッドにうつ伏せになっている。

今日の下校時のときのことを思い返す日和。


日和『でも、少しでも自分の気持ちが伝わればと思って、手紙書いたり、直接告白することって…そんなにバカバカしいことなのかな』

凪『いや…、俺はそういうつもりで言ったわけじゃ――』

日和『さっき“バカ正直に”って言ったよね…!…いいよ!どうせわたしは、考えも古いアナログ人間なんだからっ…!進藤くんといっしょにしないでよ!』


思い出して、日和の目にまたじわりと涙がにじむ。


日和(わたしの気持ちなんて、なんでもかんでもスマホで解決する進藤くんには…わからないよ)


枕に顔を埋める日和。



◯日和の学校、教室(次の日)


朝、座席で1限の用意をする日和。

すると、日和の隣の席から物音がする。

凪が隣に座る。

しかし、日和は無視。

授業中や休み時間中も、何度か日和に声をかけようとする素振りを見せる凪。

しかし、タイミング悪く先生に当てられたり、日和があからさまに避けるため、その日は声をかけられずにいた。

【昨日はごめん】と書いたメモ用紙を日和の机に置くが、日和は気づいていないフリをしてメモ用紙を無視。

日和からのメモ用紙の返事ももらえず、落ち込む凪。


凪(昨日、昭原の気持ちを無碍にするような言い方して、…反省した。だから、昭原に謝りたい。だけど…)


放課後、終礼が終わると早々に帰ってしまう日和。


凪「…昭原!」


凪が呼び止めるも、日和は背中を向けたまま廊下を去っていく。


凪(あからさまに避けられてて…話せねぇ)


足早に1人で帰っていく日和の後ろ姿を寂しそうな目で見つめる凪。



◯日和の学校、廊下(前述の続き)


うつむき加減で廊下を足早に歩く日和。


凪『…昭原!』


さっき、凪が後ろから呼び止めたときのことを思い返す。


日和(無視してしまった…)


ため息をつく日和。


日和(…さっきだけじゃない。今日1日、進藤くんがなにか話しかけようとしてくれていたのはわかってた。無視しちゃいけないとは思いつつ――)


昨日のことを思い出す日和。


日和『…進藤くんはそうだよねっ。スマホで口説くんだし』

日和『どうせわたしは、考えも古いアナログ人間なんだからっ…!進藤くんといっしょにしないでよ!』


眉を下げ、寂しそうな表情の日和。


日和(ひどいことを言ってしまった手前、何事もなく進藤くんと話すことができない…)


日和は、廊下で立ち止まる。

ふと、廊下の向こうのほうに目を向ける。


日和(…そうだ。この廊下の奥の教室は…)


日和は廊下の奥へ足を進める。



◯日和の学校、空き教室(前述の続き)


空き教室にやってきた日和。


日和(最近タイミングがなかなかなくて、あまりこれてなかったな…)


ドアを開けて、教室の中を見渡すようにひょこっと顔をのぞかせる日和。


日和(前はわたしのメッセージで終わったけど、返事あるかな)


日和は、メッセージのやり取りをしていた黒板へと向かう。

そこには、【おーいっ】という文字が書いてあった。


日和(『おーいっ』…て)


クスリと笑う日和。


日和(もしかして、わたしのこと…待っててくれたのかな)


日和はチョークを手にする。

そして、なにかをそのメッセージの下に書き込んでいく。


【どうしよう、素直になれなかった】


凪の顔を思い浮かべなから、黒板に書いていく。


日和(こんなこと…、こんなところに書き込んだって仕方ないのにね。…でも、進藤くんの顔を見たら素直になれないから)


日和はチョークを置き、空き教室から出ていく。



◯日和の家、日和の部屋(前述の続き、夜)


ベッドで眠る日和。

すると、窓からかすかにコツンコツンと音がする。

それで眠りから目を覚ます日和。


日和「…なに?」


重たい目をこすりながら、体を起こす日和。

なおも、コツンコツンとベランダのガラス窓になにかが当たる音がする。

ベッドから下りて、おそるおそるベランダへ続くガラス窓に歩み寄る日和。

少しだけカーテンを開けると――。


日和「…わっ!」


なにかが自身に向かって飛んできて驚く日和。

そのなにかはガラス窓に当たって、ベランダの床に落ちる。

見ると、それは紙飛行機。


日和(…紙飛行機?)


他にも、ガラス窓のすぐそばにいくつもの紙飛行機が落ちていた。


日和(なんで、紙飛行機がこんなに…)


ガラス窓を開けて、落ちている紙飛行機を見つめる日和。

すると――。


凪「よかった。気づいてくれて」


突然凪の声がして、驚いて顔を上げる日和。

日和の部屋の向かいにある、隣の家のベランダから凪が手を振っていた。


日和「し…進藤くん!?」


凪は、手に紙飛行機を持っている。


日和「この紙飛行機って、…全部進藤くんが?」

凪「うん。気づいてくれてよかった」


安心したように微笑む凪。


日和「でも…、なんで紙飛行機なんか――」

凪「やっと話してくれた」

日和「…え?」


キョトンとする日和。


凪「今日、一度も昭原と話せなかったから」

日和「…あ、えと…。それは…」

凪「わかってるよ。昨日の俺のせいだよな。でも、明日も昭原とこんな感じはイヤだったから、絶対に今日中に謝らないとって思って」

日和「それで…、紙飛行機を?」

凪「だって、電話やメッセージならすぐに済むけど、昭原スマホ持ってないじゃん。だけど、家に行っても会ってもらえなさそうだったし。だから、ここから紙飛行機飛ばして、昭原が気づいてくれるの待ってた」

日和(紙飛行機を飛ばしてくるなんて、こんなアナログなやり方…わたしでもしたことないのに)


散らばった紙飛行機に目を向ける日和。


凪「あと2つでなくなるところだっから、『気づけ〜、気づけ〜』って念じながら飛ばしてた」


ケロッとした表情で微笑む凪。


日和「…でも、わたしが気づかなかったどうするつもりだったの?」

凪「そのときは、ここでずっと待ってた。昭原が朝起きてきて、カーテン開けるまで。それで、一番に謝ろうと思ってた」

日和「謝るって――」


と日和が言いかけたそのとき。


凪「こんなふうに」


そうつぶやいて、凪がベランダから飛び移ってきて日和がいるベランダに降り立った。


日和「…し、進藤くん!?」


突然そばにやってきた凪に驚いて顔を赤くする日和。