◯東京の街(ある日)


日和「わ〜…!すごい人っ…!」


街を歩く人の多さに驚く女の子、昭原日和(あきはらひより)

栗色のロングヘアの三つ編み。
春っぽい花柄ワンピースを着た私服。

周りは、スマホをいじりながら待ち合わせしている人やスマホの画面を見て歩く人が行き交う。


日和「え〜っと、ここに噴水があるから…」


そんな中、日和は広げた地図とにらめっこしながら辺りをキョロキョロと見回す。

その姿を見た人々はクスクスと笑いながら通り過ぎていく。


日和「あっちの通りを渡ったら――」


そのとき、地図を見ながら歩いていた日和はだれかにぶつかる。


日和「わっ…!ご、ごめんなさい…!」


とっさに謝る日和。

振り返ったのは、女の子に腕を組まれた茶髪パーマの男の子。

その整った顔に一瞬ときめく日和。

男の子は、日和が持っていた地図に目を向ける。


男の子「…なんで地図?スマホで調べれば――」

そばにいた女の子「ねーねー!そんなのいいから、早く行こうよ〜!」


そばにいた女の子に腕を引っ張られ、渋々歩いていく男の子。

その後ろ姿をぽかんとして見つめる日和。


日和(まさかこれが、運命の出会いになるなんて――)



◯日和の家、リビング(新学期初日の朝)


日和「おはよ〜!」


制服姿の日和が、元気よく挨拶しながらリビングにやってくる。


日和の母「おはよう、日和。制服、よく似合ってるじゃない」

日和「ありがとう、お母さん」


日和は、ダイニングチェアに座って新聞を読む父の向かいに座る。


日和「おはよう、お父さん」

日和の父「おはよう、日和。どうだ?学校まで迷わずに行けそうか?」

日和「心配しないで、大丈夫だよ。行き方はちゃんと練習しておいたから」

日和の父「そうか。でももう高校生なんだから、さすがにスマホがあったほうが便利じゃないのか?」


そこへ、トーストが乗った皿を両手に持つ日和の母がやってくる。


日和の母「そうよ。田舎と違って圏外なんかにはならないんだから、連絡用として持ったらいいのに」

日和「いらないよ〜。それにわたし、機械音痴だし。連絡なら今までどおり公衆電話を使ったらいいだけだから」


両親に笑って答える日和。


日和(わたしは、今どきには珍しく?スマホを持っていない)


日和の故郷、三郷村(みさとむら)

山々に囲まれた自然豊かな村。

父の転勤と、弟輝生(てるき)が進学するはずだった村唯一の中学の廃校を機に、この春東京に越してきた昭原一家。


日和(三郷村に住んでいて、スマホがなくて不便に感じたことはなかった。電話なら公衆電話があるし、わからないことがあれば村の人に聞けばわかるから。それに、三郷村は村役場周辺以外は圏外だから、スマホを持ってる人なんてほとんどいなかった)


こっちに引っ越してきて、みんながスマホ片手に歩く姿を見て驚いていた自分を思い返す日和。


日和(だから、こっちにきて驚いた。道行く人たちみんながスマホを持っていたから)


トーストをかじる日和の隣に、学ラン姿の輝生が座る。


日和「輝生、おはよう」

輝生「おはよう、ねーちゃん。そういえばさっき、スマホの話してた?」

日和の父「ああ。高校生なんだから、お姉ちゃんも持ったらいいのにってな」

輝生「えー!それなら、オレも買ってよー!」

日和の母「なに言ってるの〜。輝生は中学生になったばかりでしょ」

輝生「今どき、中学生ならみんなスマホくらい持ってるよ」

日和の母「はいはい、“みんな”が持ってたら考えるから。それよりも早く食べちゃいなさい!初日から遅刻なんて恥ずかしいわよ?」

輝生「…は〜いっ」


不服そうに朝食を食べ始める輝生。



◯日和の家、玄関(前述の続き)


日和・輝生「「いってきます!」」


元気よく挨拶をし、家を出る日和と輝生。



◯住宅街の道(前述の続き)


いっしょに並んで歩く日和と輝生。


日和(学校までの行き方は、地図を見ながら何度も確認したから大丈夫!)


今日は始業式。

入学式は数日前にあり、家族といっしょに学校へと向かった日和。

そのため、1人での登校は今日が初めて。

輝生の通う中学校は、家から歩いて少し行ったところにある。

一方日和の通う高校は、バスに乗って繁華街に向かい、そこから歩いたところにある。


日和「じゃあ、輝生。お姉ちゃん、ここからバスだから」

輝生「うんっ。ねーちゃん、いじめられるなよ」


それを聞いて、クスッと笑う日和。


日和「そんな心配してくれてるの?大丈夫だよ。わたしだけじゃなくて、周りだってはじめましての人ばかりだろうから」


日和は微笑み、バス停に並びながら輝生に手を振る。



◯バスの中(前述の続き)


満員の車内。

つり革を持って立つ日和。


日和(初めての東京の学校でドキドキするけど、きっとこんな気持ちなのはわたしだけじゃない。友達できるかな〜とか、だれだって登校初日はドキドキするもの)



◯日和の学校、教室(前述の続き、朝のホームルーム前)


グループになって、仲よく会話をしているクラスメイトたち。

その中で、1人席に座りながらうつむいて冷や汗を流す日和。


日和(――って、全然想像してた感じと違った…!!)


日和は、楽しそうに話しているクラスメイトたちに視線を向ける。


日和(なんでみんな…こんなに仲がいいの!?初対面じゃないの…!?)


苦笑いを浮かべながら冷や汗を流す日和。


クラスメイトたち「もしかして、〇〇中学の〇〇ちゃん?はじめまして〜!」

クラスメイトたち「はじめまして〜!会いたかった〜!」


キャッキャッと言いながら、ハグをするクラスメイトの女の子たち。


日和(はじめまして…で、いきなりハグ!?東京のコって、フレンドリーすぎじゃない!?…それに、みんなどうして前から知ってるみたいな話し方して…)


おそるおそる周りに目を向ける日和。


日和(周りの話を聞いて…わかった。どうやら春休みの間に、この高校に入学予定の生徒たちがSNSきっかけで集まって遊んだ『オフ会』というものがあったようだ。つまり、入学する前から顔も名前も知っていて、すでに友達関係になっているということ…!)


日和はうつむいて、膝に置いた震える手をぎゅっと握る。


日和(つまり、SNSなんてしていない…ましてやスマホすら持っていないわたし以外は…すでにみんな顔見知り)


席で1人固まる日和に気づくクラスメイトの女の子たち。


クラスメイトたち「ねぇねぇ。あなた、名前は?」


その声に、キョトンとして顔を上げる日和。

日和の机の前には3人の女の子が立っている。


日和「あっ…、え…えっと…。昭原…日和…です」

クラスメイトたち「…昭原さん?聞いたことない名前だけど、この前のオフ会にいた?」

日和「…いえ。オフ会には参加してなくて…。父の転勤で、この間こっちに引っ越してきたばかりで…」

クラスメイトたち「そうだったんだ!じゃあ、インスタ教えてよ。それかLINE」


女の子たちはスマホを持ち出す。

それに対して、苦笑いを浮かべる日和。


日和「あの…ごめんなさい。わたし、そもそもスマホ持ってないんです」

クラスメイトたち「「…え?」」


驚いて、目を見開けるクラスメイトたち。

日和は、田舎から越してきたこと、その田舎ではスマホは必要なかったこと等を話す。

それを聞いて、クラスメイトたちは顔を見合わせる。


クラスメイトたち「へ…へぇ〜…、そうだったんだ。…なんかすごいね」

クラスメイトたち「スマホがない生活なんて、あたしには考えられないや〜…」

クラスメイトたち「じゃあ、スマホ持ったらまた教えてねっ…!」


苦笑いしながら女の子たちはそそくさと日和の席から離れる。

その女の子たちは、その後他のクラスメイトたちになにかを話してはチラリと日和に目をやる。

「信じらんな〜い!」という声も聞こえ、スマホを持っていないことに驚かれていることをなんとなく察する日和。

日和はだれからも話しかけられることはなく、1人で着席しているだけ。



◯日和の学校、教室(前述の続き)


日和のクラスの担任がやってきてホームルームが始まる。

学校支給の勉強用のタブレットを1人1台渡される。

担任がタブレットの使い方を軽く説明する。

周りのクラスメイトたちは手慣れた様子でタブレットの画面を操るが、機械音痴でスマホも持っていない日和はタブレットの反応ひとつひとつに驚く。

それを見て、クラスメイトたちはクスクスと笑い、日和は恥ずかしさで顔を赤くする。

その後、クラスで自己紹介が行われる。


日和「…ち、父の仕事の都合で…三郷村というところから引っ越してきました、昭原日和と申します…!どうぞよろしくお願いします…!」


緊張な面持ちで教壇に立ってお辞儀をする日和。

クラスメイトたちは、クラス表の紙に目を通している。


クラスメイトたち「へ〜、昭原日和って名前…略したら“昭和”になるなっ」


1人の男の子がそんなことを言い出す。


クラスメイトたち「ほんとだ〜!“昭和”だ!」

クラスメイトたち「たしかに、タブレットの操作にもいちいち驚いてたし、反応が昭和だったよな」

クラスメイトたち「それにしても、普通タブレットにあんなに驚く?」

クラスメイトたち「昭原さん、スマホ持ってないらしいよ。住んでた村が圏外だったとか」

クラスメイトたち「マジで!?今どきそんなところある!?」

クラスメイトたち「ね〜!まるで、昭和からタイムスリップしてきたみたいっ」


そのクラスメイトの発言に、教室内にワッと笑い声が上がる。

笑われ、恥ずかしさから日和は頬がぽっと赤くなる。


日和(――こうして、わたしは『昭和さん』とあだ名をつけられた)



◯日和の学校、教室(翌日)


クラスメイトたち「昭和さん、おはよ!」

日和「お…おはよっ」


苦笑いを浮かべながら挨拶する日和。

日和は自分の席につき、周りで楽しそうにグループでおしゃべりするクラスメイトの女の子たちをうらやましそうに見つめる。


日和(入学前にはすでにSNSを通じてやオフ会で、わたしが知らない間にグループができあがっていた。…今さらわたしが入れるような空気ではない)


名前で呼び合うクラスメイトたちをうらやましそうな表情をして眺める日和。


日和(…みんな名前で呼び合ってる。でも、わたしだけが『昭和さん』)


肩を落とす日和。

そのとき、日和のすぐそばで物音がした。

驚いて目を向ける日和。

ドカッと日和の隣の席に座るのは、茶髪パーマの男の子。


日和(…びっくりした〜昨日は休みみたいでいなかったけど、わたしの隣の席って男の子だったんだ)


もう一度、横目で確認する日和。


日和(でもこの人、どこかで…)


見たことある顔に、日和は目を見開ける。

隣の席の男の子もなにかに気づいて目を見開ける。


クラスメイトたち「(なぎ)〜!おはよ〜!」


クラスの女の子たちが、『凪』と呼んだ日和の隣の席の男の子のところに集まってくる。


クラスメイトたち「今日から登校?なんで昨日の始業式こなかったの?」

凪「単純に寝坊。起きたら昼前だったから」

クラスメイトたち「そんな時間まで寝てたのー!?前の日、遅くまでなにしてたのっ」

凪「勉強」

クラスメイトたち「またまた〜。どうせナンパした女の子と電話でもしてたんじゃないの〜?」

凪「そんなことねーよ」


凪はくしゃっと笑う。

女の子たちに笑いかける凪が、ふと隣の席の日和に目を移す。


凪「そういえば、地図の人…だよね?」


日和にフッと笑いかける凪。


日和(見たことあると思ったら、この人…この前街でぶつかった人だ…!)


凪のことを思い出し、顔がぽっと赤くなる日和。


クラスメイトたち「地図の人?」

クラスメイトたち「凪、昭和さんのこと知ってるの?」

凪「…昭和さん?」


首をかしげる凪。


クラスメイトたち「昭和さんっていうのはね、名前を略したら“昭和”になるっていうのを昨日男子が見つけて――」


クラスメイトの女の子が、生徒の名前が書かれたクラス表を凪に見せる。


凪「ああ、昭原日和で昭和さんか」

クラスメイトたち「そうそう。それに昭和さんスマホ持ってないらしくて、昨日もタブレットの操作ひとつひとつに驚いてて!」

クラスメイトたち「ねー!見てておもしろかったよねっ」

クラスメイトたち「だから、昭和からタイムスリップしてきたみたいってなって」


日和のことをケラケラと笑うクラスメイトたち。

クラスメイトたちが凪の周りから引いたあと――。


凪「スマホ持ってないんだ?」

日和「…へっ!?」


突然、隣の凪から話しかけられ驚く日和。


凪「だから、あのときも地図見て歩いてたんだ」

日和「う、うん。今までそうしてきたから」

凪「マジか。じゃあ、電話は?」

日和「公衆電話」

凪「ちょっと調べものしたいときは?」

日和「辞書引く」


淡々と真面目に答える日和に、なんとか笑いをこらえる凪。


凪「本当に昭和なんだっ」

日和「スマホがなくたって、わたしが不便に感じてないんだからべつにいいでしょ」

凪「本当に不便じゃないの?友達と連絡取るときは?」

日和「家に電話か、あとは手紙の交換」

凪「手紙の交換?文通ってこと?」


不思議そうに首をかしげる凪。


日和「違う違うっ。こんな感じのメモに――」


そう言って、日和は机からハガキサイズほどのかわいらしいメモ用紙を取り出す。


日和「ここに伝えたいこと書いて、折った手紙を相手の机の中に入れておくの」

凪「マジでアナログ。LINEなら一発なのに。なんかラブレターみたい」

日和「内容変えたらラブレターにもなるかもね。その感じだと、ラブレターもらったことあるんだ?」


日和は凪の顔をのぞき込む。


日和(こんなに整った顔してるんだもんね。さっきの女の子たちもそうだし、初めて会ったときも女の子といっしょだったしモテるんだろうな。ラブレターの1通や2通くらいこれまでに――)

凪「いや、もらったことない。全部LINE」


さらっと言い放つ凪に、驚愕して目が点になる日和。


日和「LINEで…告白を!?」

凪「ああ。つーか、今どき普通だろ、そんなの」


固まる日和。


日和(し…信じられないっ。スマホで打った機械的な文字で、気持ちなんて伝わるもの…?告白って、想いをしたためた手紙か直接告白するからこそ、相手に気持ちが届くものじゃないの…?)


日和の脳裏に、【タカちゃんへ】と書かれた手紙と、その手紙を握りしめた背の高い黒髪短髪の男の子と向かい合う場面が浮かぶ。



◯日和の学校、廊下(前述の続き、3限前の休み時間)


廊下をパタパタと駆け足で過ぎていく日和。

日和は胸に美術の教科書を抱えている。

焦った表情。


日和(どうしよう〜…!美術室の場所がわからない…!)


休み時間に1人でトイレに行っていた日和。

戻ってきたら、クラスメイトたちは移動教室で美術室に行ってしまい、教室にはだれもいなかった。


日和(たしか、2階の一番突き当たりの教室だっけ…?)


2階の一番突き当たりの教室を開ける日和。

だが、そこは空き教室。



◯日和の学校、空き教室(前述の続き)


キョトンとしながら空き教室に入る日和。


日和(…え〜っと、どう考えてもただの空き教室だよね…?だれもいないし…)


ふと窓から、向かいの校舎にクラスメイトたちの姿が見える。


日和(2階の一番突き当たりの教室って、…あっちだったんだ!)


慌てて空き教室を出ようとする日和。

そこで、黒板に書かれた文字を見つける。


【なんかだりぃ】


黒板に白いチョークで書かれた文字。

日和はゆっくりと黒板に歩み寄ると、白いチョークを手に取る。

その文字の下になにかを書き始める。


【どうしたの?】


それだけ書くと、日和は向かいの校舎の美術室へと急ぐ。


日和(“なんかだりぃ”ってつぶやくなんて、学校があまり好きじゃないのかな。少なくとも、毎日充実していそうな進藤くんみたいな人がぼやいたのでないのはたしか)



◯日和の学校、屋上(前述の続き、昼休み)


まだ友達のいない日和は、お弁当を持って1人屋上へとやってくる。

右手にお弁当、左手には学校から渡されたタブレット。


日和(少しでも早くタブレットに慣れないと…!)


日和は午前中の授業を思い出す。

度々タブレットを使うことがあり、周りが難なくタブレットを操作する中、日和だけがうまく操作できなかった。

ベンチに座ってお弁当を食べながら、タブレットに触れる日和。


…ガチャッ


そのとき、屋上のドアの開く音が聞こえる。

陰から顔をのぞかせる日和。


凪「だからー、さっきLINEで送ったとおりだって」


屋上にやってきたのは、スマホを耳に当てだれかと電話をする凪。

凪は陰にいる日和に気づかず、屋上の手すりにもたれながら電話を続ける。


凪「べつに…『好き』って言われても困るんだよね。俺の気持ちは変わらないから」

日和(もしかして…、別れ話!?)


聞いてはいけない話だとわかり、日和はバレないようにその場で息を潜める。


凪「そもそも、俺は付き合ってるつもりなかったから。彼女ぶるのやめてくれないかな?」


その凪の電話での発言に、はっとした顔をして目を向ける日和。


凪「そういうことだから。じゃっ」


それだけ言うと、凪は電話を切る。

ため息をつく凪。

すると、凪が日和の視線に気づき顔を向ける。

驚いた日和はとっさに物陰に隠れる。


凪「なんだ。昭原、いたんだ」

日和「う、うんっ…」


凪の別れ話を聞いてしまい、なんだか気まずい日和は視線をそらす。


凪「もしかして、今の話…聞こえてた?」

日和「…うん」

凪「そっか。まあべつに、聞かれて困る話でもないんだけどね」


余裕そうに笑う凪。


日和「相手、…彼女?」

凪「彼女じゃないよ。前に、駅前で逆ナンしてきたコ。連絡すぐ返さないと怒るから、それならやり取りやめようって言ったら急に怒り出して」


凪はため息をつく。


凪「彼女じゃないのに迷惑でしょ?」

日和「で…でも、あの言い方はちょっときつすぎなんじゃないかな…」

凪「そんなこと言ったって、べつに付き合ってるわけじゃないし。それに、相手の顔も見えないんだからなに言ってもいいんじゃない?」


フッと笑みを見せながらも、冷たく言い放つ凪。

凪のその言葉と態度に、日和はきゅっと唇を噛み、胸に手を当てる。


日和「…顔が見えなかったらなにを言ってもいいの?」

凪「え?」


キョトンとして日和に目を向ける凪。


日和「顔が見えなくたって、そのスマホでやり取りしている電話の向こう側には、ちゃんと相手がいるんだよ?ロボットじゃないんだよ?顔を見なくちゃ、その人がどんな表情をしてどんな気持ちで聞いてるのかもわからないの!?」

凪「ちょっ…、昭原…どうした?そんなに熱くなって」


いつもより大きな声で熱く語る日和に、少し戸惑いを見せる凪。


日和「周りがみんなスマホ持ってるから少しだけうらやましくもなったけど、そのせいでスマホの向こう側にいる相手のことも考えられなくなっちゃうようなら…、わたしはやっぱりスマホなんかいらない!」


日和は凪に吐き捨てると、自分の荷物を持って屋上から出ていく。

日和の脳裏に、背の高い黒髪短髪の男の子と向かい合って立っている涙をこらえて笑う日和の顔が浮かぶ。


日和(わたしは…。タカちゃんが直接顔を見て思っていることを伝えてくれたからそれを受け入れることができたけど、メッセージでとか電話でなんて…そんな振り方あんまりだよ)


プンスカしながら屋上からの階段を下りる日和。

しかし、途中ではっとする。


日和(…ハッ!…あまりにも進藤くんの態度が冷たかったから、つい相手の女の子の気持ちになって怒鳴ってしまったけど…)


日和は階段の踊り場で頭を抱える。


日和(進藤くんと席が隣なのに、このあとの5限と6限が…気まずい)


重いため息をつき、肩を落とす日和。



◯学校から家までの道(その日の学校帰り)


住宅街を歩く日和。


日和(5限と6限、隣の席の進藤くんとどう接したらいいかと悩んでいたけど、結局進藤くんは授業に出席しなかった)


5限の授業開始時を思い出す日和。

担当教科の先生が、凪は早退したとクラスメイトたちに話している場面を思い返す。



◯日和の家、玄関(前述の続き)


日和「ただいま〜」


玄関のドアを開ける日和。

すると、ちょうど日和の母が玄関で靴をはこうとしていた。


日和の母「ああ!日和、おかえり」

日和「ただいま。…どこか出かけるの?」

日和の母「出かけるというか、お隣さんに引っ越しの挨拶に行こうと思って」


日和の母は、手土産の小さな紙袋を日和に見せる。


日和「まだ挨拶できてなかったの?」

日和の母「他のおうちは初日でまわれたんだけど、お隣さんだけずっと留守でまだ挨拶できてなくて…。もしかしたらまた留守かもしれないけど、手が空いたから今から行ってみようと思って。ちょうどいいから、日和もいっしょにきて」

日和「まあいいけど」



◯日和の家の隣の家の前(前述の続き)


インターホンを押す日和の母。

それをそばで見守る日和。


ピンポーン…


ドキドキしながら待つ日和と日和の母。

しかし、応答はない。


日和「…留守かな?」

日和の母「みたいね。よっぽどお忙しいお家なのね」


小さなため息をつき、くるっと背を向ける日和と日和の母。

そのとき――。


?〈はい〉


インターホンから声がして、慌てて振り返る2人。


日和の母「…あっ、あの〜!お忙しいところ恐れ入ります。先日隣に越してきましたので、ご挨拶に参りまして――」

?〈あ〜、はいっ。今出ます〉


インターホンが切られる。

ようやく挨拶できることに顔を見合わせて微笑む日和と日和の母。


ガチャッ


少しして、玄関のドアが開く。


?「すみません、何度かきてもらってますよね?いつも不在で――」

日和の母「…いえいえ!こちらこそ、ご都合の悪いときにお伺いしてすみませんでした」


家主が中から出てくる。

出てきたのは、顔が整った茶髪パーマの男の子。

その家主を見て、目を見開ける日和。


日和・凪「「…あっ」」


家から出てきた凪と日和の目が合い、2人とも口をぽかんと開けて同じ顔で見つめ合ってその場で固まる。