「ちょっと待って、くらげ!」
玄関外で、もう一度母の声に呼び止められる。
思わず立ち止まったはいいものの、振り返ることがどうしてもできずに固まる。
「くらげ?」
後ろで私の名前を呼ぶ母の顔が、やけに簡単に思い浮かぶのだ。
「ほんとは喜ばせたいんだよ」
振り返ることができないが、優しい母に気を許し、口が勝手に動く。
「ほんとは彼氏とか結婚相手とか、お母さんお父さんに紹介したかった。
でもごめん、やっぱり私、できなくて」
「くらげ?どうしたの?」
「今日来たのはね、恋愛に思い悩む可哀想な私を見てもらいたかったからよ。
だから好都合ね、お父さんが結婚の話題だしてくれて」
「ねえちょっと?」
「多分、お母さんもお父さんも私に期待してることって、そういうことでしょ?
職に失敗したら、次はどうしたって結婚のことになるもんね。
お母さんも言わないだけで、早く私に生涯の相手、見つかってほしいなとか思ってるんだよね。
でも無理だよ。
わたし、自信ない。
好きな人ができても、付き合うこともできない私に生涯の相手なんか見つからない。
なんでかわかるよね。お母さんもそうだったもんね」
母が走り、私の前に立つ。
顔が見れない。
下を向いたまま、感情が言葉にして現れる。
「やっぱ親子だね、そういうとこお母さんに似ちゃって、だからお母さんに何か言われても私、目、覚めないよ。
だから、期待しないでね」
「じゃあ」と言って、母を抜かそうと足を踏み込んだ時、母が私の腕を掴む。
「何も言わないでね、もう、期待とか色々やめてね。
就職も成功しない、失敗した娘なんだからってそう思ってるんでしょうお母さんだって、お父さんと一緒で!」
「くらげ、何言ってるのか分からないわ、ねえくらげ!」
腕に力が伝わる。
「何か言うなら嫌!離して・・・!」
「いやよ、いいから着いてきなさい。あなたは分かってない」