「え……?」

クリフは自分が怒鳴られたことが余程不思議だったのだろう。唖然とした顔を見せる。

「いいか? クリフ・バーデン。フローネは俺の大切な婚約者だ。それなのに、俺の前から彼女を誘拐して監禁した。その罪は重いぞ?」

「な、なんですって!? この女がラインハルト様の婚約者だっていうのですか!?」

クリフは驚きの目を私に向ける。

アドニス様の「婚約者」という言葉に私自身も驚いたが、きっとこれはクリフを脅すための演技なのだろう。

だとしたら……その演技に乗らせてもらおう。

「聞いて下さい、アドニス様。それだけではありません。クリフは泣いて嫌がるリリスを助けようとした私を突き飛ばし、挙げ句に部屋に閉じ込める際に蹴ってきたのです」

「フローネッ!! お前……!」

クリフが憎悪の目を私に向ける。

「何だって!? クリフにそんな酷い目に遭わされたのか? 可哀想に……」

アドニス様が私を見つめ、手を握りしめてくる。

「はい。思い切り強く蹴られました。そのとき床に倒れ込んで背中を強く打ち付け、激しく咳き込んでしまいました」

「黙れ! フローネッ! それ以上余計なことを言うな!」

「黙るのは、お前だ!」

アドニス様はクリフを怒鳴りつけると、冷たい口調で続けた。

「お前は侯爵である俺の婚約者を誘拐し、暴力を振るって拉致監禁した。そしていくら自分の妻とはいえ、相手の合意を得ずに強引に関係を結んで精神を崩壊させてしまった。これほどまでの罪を犯したお前を裁判にかけてやるからな。それ相応の罪を償って貰うから、覚悟をしておけ」

「そ、そんな……」

この言葉に、クリフは初めて顔色を青ざめさせた――



****


――20時

私はリリスと一緒に馬車の中にいた。リリスは私にしがみついたまま、離れようとはしない。

「アドニス様、本当によろしいのですか?」

馬車の外で、馬にまたがっているアドニス様に声をかけた。

「勿論だよ。今夜はラインハルト家で彼女を預かろう」

アドニス様は笑顔で答える。

「ありがとうございます」

クリフのいる屋敷にリリスを置いていくわけにはいかなかった。そこで、アドニス様の提案で、今夜はリリスを預かることにしたのだ。

「それに……私達だけ、馬車を使ってしまって……」

私はしがみついたまま離れないリリスを見つめた。

「気にすることはないよ。俺は馬に乗って帰るから大丈夫だ。第一、男の俺が一緒の馬車では彼女が怖がってしまうだろう?」

「……はい。そうです……」

クリフによって強引に身体を奪われてしまったリリスは、完全に精神が壊れてしまい、男性を見ると怯えて叫ぶようになってしまったのだ。

「それじゃ、屋敷に帰ろう。アデルが待っているから、俺は先に馬で帰っているよ」

アドニス様はそれだけ告げると、馬を駆けさせて去って行った。

「私達も帰りましょう。馬車を出して下さい」

御者に声をかけ、馬車がゆっくり走り出すとリリスが尋ねてきた。

「ねぇフローネ、何処へ帰るの?」

精神が壊れてしまったリリスは、すっかり幼児化してしまった。

「私達の家に帰るのよ?」

そっとリリスの髪を撫でる、

「フローネも一緒に?」

「ええ、勿論一緒よ」

「本当? 嬉しいわ」

「私もリリスが一緒で嬉しいわ」

私は悲しい気持ちで、無邪気に笑うリリスの髪をそっと撫でるのだった――