「リリス!」

私はたまらずリリスを抱きしめた。リリスは私の腕の中で小刻みに震えながら涙を流す。

「そ、そうよ……10年前のあの時も、怖くて泣いていた私を抱きしめてくれたのが……フローネ。あなただったのよ……何も聞かずに、黙って私を慰めてくれて……だ、だから私はあの時以来ずっとフローネのことを……男なんか、みんな獣よ……。クリフの側にもいたくなかったけど……。フローネがクリフのことを慕っていたから……我慢して一緒にいたのよ……」

「リリス……」

そんな壮絶な過去があったなんて、少しも知らなかった。
だからリリスは歪んでしまったのだ。

「も、もう一度あんな目に遭わされたら……私、きっと正気でいられなくなるわ。お願い、フローネ。側にいて……私を助けてよ…‥‥」

「大丈夫よ、リリス。クリフに本当のことを話せば……」

その時。

――ガチャッ

扉が開かれ、クリフが現れた――

「クリフ……」

私が震えるリリスを抱きしめている姿を見たクリフは舌打ちした。

「チッ! また、そうやって君は俺とリリスの邪魔をする気なのか」

「邪魔って……」

クリフがこちらに近付いて来ると、リリスは怯えた様子で私にしがみついてきた。

「フローネは見つけた。約束は果たしたんだ、リリス。だから僕のところにおいで」

その言葉に、リリスの顔に恐怖が浮かぶ。

「ま、待ってクリフ! リリスをどうするつもりなの!?」

リリスを庇いながらクリフに訴える。

「クリフだって……? 馴れ馴れしく僕の名を呼ぶな。どうするつもりもないだろう? リリスは僕の妻だ。彼女は君を追い出した僕を酷く責めてね。フローネが見つかるまでは指1本触れないでくれと僕に言ってきたんだよ。だけど、こうして見つけることが出来た。だから、今度はリリスに約束を守ってもらう番なんだよ」

その言葉に私にしがみつくリリスの肩が大きく跳ねる。
リリスを助けなければ……!

「クリフ様! リリス様を連れて行かないでいただけませんか? お願いします!」

「フローネ……」

リリスが私の腕の中で驚いた様に目を見開く。

「うるさい! 貧しい身分のくせに、僕に指図するな! さぁ行こう、リリス。この日が来るのを僕はずっとずっと心待ちにしていたんだから」

クリフは私を突き飛ばすと、強引にリリスの腕を掴んで抱き寄せると、笑みを浮かべる。

「い、いや! 離して! フローネ!」

リリスが私に手を伸ばす。

「クリフ! リリスが嫌がっているわ! お願い! 見逃してあげて!」

あんな話を聞かされたからにはこのままリリスをクリフに引き渡すわけにはいかない。

「うるさい!」

クリフは追いすがろうとした私の身体を蹴飛ばした。

「キャアッ!」

勢いで床に激しく倒れこんで背中を打ってしまった。

「ゴホッ! ゴホッ!」

はずみで、激しく咳き込む。

「いやあっ!! フローネッ!」

リリスの叫び声を残し、クリフはリリスを抱きかかえたまま部屋を出て行くと扉を閉めてしまった。

「リリスッ!」

何とか立ち上がり、慌てて扉に駆け寄った。

――ガチャッ! ガチャッ!

いくらノブを回しても、扉は開かない。

「そ、そんな……閉じ込め……られた……?」

なんてことだろう。クリフに鍵をかけられて閉じ込められてしまったのだ。

「リリス……」

思わず床に座り込む。
知らなかった。リリスが子供の頃に男の人から暴行を受けていたなんて。
それでは男性を嫌悪したくなる気持ちも理解できる。

それなのに、クリフは無理やりリリスを奪おうとしているなんて……!
けれど、閉じ込められてしまった私にはどうする術も無かった。


そしてこの日。

クリフから無理やり夫婦の営みを強要されたリリスの精神は……壊れてしまった――