その日の夕食の席でのことだった。

ニコルからの手紙でクリフとリリスが私を捜していることが脳裏にこびりついて離れなかった。

重たい気持ちで食事をしていると、アドニス様が話しかけてきた。

「フローネ、どうかしたのかい? 何だか元気が無いようにみえるようだけど?」

「え? そ、そうでしょうか?」

「うん、アデルもそう思わないかい?」

アドニス様がアデルに尋ねる。

「う~ん……そうかも」

アデルがじっと私を見つめた。

「何かあったのか? 悩みがあるなら相談に乗ろう」

「アドニス様……」

どうしよう、手紙のことを相談するべきだろうか? けれど今、アドニス様は非常に忙しい立場にいる。
領主としての仕事も山積みだし、叔父の横領事件に関して訴訟も起こす準備をしているのだ。
使用人達の話によれば、睡眠時間を削って仕事をしているらしい。
それでも夕食の席には必ず私たちと同席してくれている。

なのに、私の個人的な相談に乗って貰うなんて……。

「い、いえ。大丈夫です。ただ本日久しぶりに懐かしい弟から手紙が届いたものですから」

「そうだったのか? それは良かった。でも知らなかったな……フローネには弟がいたのか。幾つなんだい?」

「13歳です。中等部に通っています」

「それじゃ、私よりもお兄ちゃんなんだね~」

「ええ、そうね。アデル」

その後は、2人にニコルの話をした。

きっと大丈夫。
ニコルにだって私の居場所を知らせていない。リリスたちが私を見つけ出せるはずは無いのだから。

私は無理に不安な気持ちを押し込めた――


****


――21時

「はい、今夜の本はここまでよ。又明日続きを読んであげるわね?」

ベッドに入っているアデルの髪をそっと撫でた。

「ねぇ、お姉ちゃん」

「何?」

「もうすぐね、この町でとっても大きなお祭りが始まるんだって。おばあちゃんからのお手紙に書いてあったよ。何日も続くんだって~」

「まぁ、そうだったの?」

「お祭りが始まったら、連れて行ってくれる?」

アデルが小さな手を伸ばして、私の服の袖を掴んできた。

「ええ、そうね。連れて行ってあげるわ」

「お兄ちゃんも行けるかな?」

「どうかしらね~。アドニス様はお忙しい方だから……。でも、尋ねてみるのはいいかもしれないわね」

アドニス様は優しい方だ。アデルから直接声をかければ、ひょっとすると一緒に行くかもしれない。

「お姉ちゃんも弟に会いたい?」

「え?」

「私は会ってみたいな~」

「ええ、そうね。きっとアデルの良いお兄ちゃんになってくれるわ」

弟とも一緒にいつか暮らせれば……。
そんな願望をつい、抱いてしまった。でも、私はあくまでもアデルのシッター。
彼女が大きくなれば、必要なくなる存在なのだ。

感傷的な気持ちが込み上げてきそうになるのを、無理に振り切るとアデルに声をかけた。

「さ、もう寝ましょう? アデルが眠るまで側にいてあげるから」

「うん…‥お姉ちゃん」

もうすでにアデルは眠そうな声で返事をする。

「ふふ……おやすみなさい」

髪をそっと撫でてあげると、アデルは目を閉じ……すぐに寝息が聞こえてきた。

天使のような寝顔のアデルを見つめながら思った。
どうか今の平和な生活が、いつまでも続きますように――と。