年齢は私とほぼ同年代と思われる女性は、私達に目もくれずまっすぐにアドニス様の元へと駆け寄ってきた。

「……こんばんは、ビアンカ」

アドニス様は感情のこもらない声で挨拶する。

「フフ、こんばんは。アドニス様」

するとオリバー様がビアンカと呼ばれた女性に声をかけた。

「ビアンカ、客人の前だぞ。ご挨拶しなさい」

「あ、そうでしたね。はじめまして、アデル。あのお部屋、気に入って貰えたかしら? 私の好きなピンクでまとめてみたのよ? やっぱり女の子はみんなピンクが好きだものね?」

ビアンカ様はアデルが水色のワンピースとリボンを付けているのが目に入らないのだろうか。

そして、私の方をちらりと見て……そのまま席に座った。
この女性は、私の存在を無視しようとしているのだろう。
今までの私なら黙っていた。けれど、アデルを守ると決めたのだから自分から彼女に声をかけた。

「はじめまして、ビアンカ様。フローネ・シュゼットと申します。アデルお嬢様のシッターをさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」

しかし、ビアンカさんは私の方を見向きもしない。けれど、それでも構わない。私は彼女に挨拶をしたのだから。

すると、アドニス様がビアンカ様に声をかけた。

「ビアンカ。アデルの隣に座る女性は俺がとても信頼を寄せているシッターなんだ。名前はフローネ・シュゼットさん。アデルも『お姉ちゃん』と呼んで慕っている。だから彼女に失礼な態度は取らないでもらえるかな?」

アドニス様の声は今まで聞いたことが無い程に冷たい口調だった。

「「!!」」

その言葉に、ビアンカ様とオリバーさんの肩がビクリと跳ねる。

「ビアンカ、何故フローネさんを無視したんだ? 彼女はきちんと挨拶をした。挨拶を返すのは礼儀じゃないのか?」

「あ……そ、それは……」

「す、すまなかった。フローネさん!」

突然オリバーさんが私に謝罪してきた。

「ビアンカは少し気位が高いところがあって、子供じみたところがあるのだ。早くに
母親と別れてしまったので私が我儘に育ててしまった。本当に申し訳ない。私に免じて許してやってもらえないだろうか?」

「お、お父様!」

ビアンカ様が顔を真っ赤に染める。

「ビアンカ! お前もフローネさんに謝りなさい! そしてご挨拶するのだ」

すると一瞬ビアンカさんは悔しそうに私を睨みつけ……謝罪してきた。

「申し訳ございませんでした。てっきり使用人が同じテーブルに座っているものだと思いましたので無視してしまいました。はじめまして、ビアンカ・ラインハルトと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

全く気持ちのこもっていない挨拶であることはその場にいる誰もが感じたことだろう。
その証拠にアデルが席を立つと私の服を引っ張ってきた。

「お姉ちゃん……私、ここにいたくないよ……」

「アデル……」

アデルの顔は今にも泣きそうになっている。

「分かったわ、それじゃお部屋に戻りましょう? ……皆様、アデルは疲れているようなので失礼させていただきます」

声をかけて、席を立つとアデルを抱き上げた。

「何ですって? 食事はどうするのよ」

「そうだよ、アデル。皆で食事をしよう?」

ビアンカさんとオリバーさんが声をかけるも、アデルは私にしがみついたまま首を振る。

「俺も一緒に部屋に行くよ。叔父上、ビアンカ。折角ですが、食事はお二人でお願いします」

「アドニスッ!」

オリバー様が大きな声を上げ、アデルの肩がビクリと跳ねる。

「大きな声を上げないで頂けますか? アデルが驚きます」

「……分かった。では明日の朝食は……」

「アデルの気持ちが落ち着くまでは遠慮させていただきます。お二人で召し上がって下さい、今まで通り」

「「……」」

オリバー様もビアンカ様も黙ってしまった。やはり正当な領主であるアドニス様には何も言えないのだろう。

「アデル、兄さんのところへおいで」

「うん」

アデルは手を伸ばしたアドニス様の腕に抱かれる。

「それじゃ、行こう。フローネ」

アドニス様が笑顔で私に声をかけてきた。

「はい」

返事をするとアドニス様は扉に向かって歩き出した。
私はオリバー様とビアンカ様に一礼すると、アドニス様の背中を追った。

……大丈夫、私は強くなると決めたのだ。
それに……何より、今は頼もしい方が側にいてくれるのだから――