バーデン家でメイドとして仕えていた時、私はずっと弱気だった。

自分一人が我慢すれば良いことだからと、どんな仕打ちにも耐えてきた。けれど、今は違う。

私は……シッターとして、大切なアデルを守らなければならない。

「もう一度尋ねます。この部屋を私が使用してはいけないのであれば、客室を2人で使わせて下さい。私はシッターとして、大切なアデルと離れるわけにはいきません」

そしてアデルを抱きしめた。

「お姉ちゃん……」

アデルが驚いた目で私を見る。

「……っ。わ、分かりました……。それではお二人を客室にご案内させていただきます……。こちらへどうぞ」

マディーさんは唇を一度噛みしめると、私達の前に立って歩き出した。

「行きましょう、アデル」

アデルの小さな手をキュッと握りしめると、アデルは安心したような笑顔を見せる。

「……うん」

そして私とアデルは離れにある客室へと案内された――


****


「さっきの人……何だか怖かった」

客室に案内され、マディーさんがいなくなるとアデルは私に抱きついてきた。

「ええ、そうね。でも心配しないで、私がついているわ。それに心強いお兄様がいるのだから大丈夫よ」

アデルを抱き上げて、ソファに座ると柔らかな髪をそっと撫でた。
何と言っても、アデルにはアドニス様がいる。
きっとアデルの為なら、真っ先に行動して守ってくれるだろう。

そう、例え私がアデルのシッターを辞めなければならない事態になったとしても……。

「お姉ちゃん……あのお部屋、私あんまり好きじゃない」

「アデルは水色が好きなんだものね。お兄様に言えば大丈夫よ、きっと水色の部屋に変えてくれるわ」

その時――

『アデル! フローネ! ここにいるのか!?』

アドニス様の声が扉越しに聞こえてきた。

「はい! います!」

大きな声で返事をすると扉が開き、慌てた様子のアドニス様が部屋に入ってきた。

「アデル……フローネ……一体これはどういうことなんだ? 何故客室に2人が……」

「だって、怖い女の人がお姉ちゃんと同じ部屋にいちゃ駄目って言うんだもの」

私が説明するよりも早く、アデルが口を開いた。

「……何だって?」

アドニス様の表情がこわばる。

「一体、だれがそんなことを決めたんだ……」

「ご存じなかったのですか? オリバー様に命じられたそうですけど?」

もしかして、アドニス様は何も聞かされていないのだろうか?

「え? 叔父上が?」

「はい、そうです。私の部屋は急なことだったので、用意できていないと言われました。そこで今日はアデルの部屋にいさせてもらいたいとお願いしたのですが、あの棟は正当なラインハルト家の血筋の者しか使用出来ないと言われて客室に泊まるように勧められたのです。けれど、アデルは私と離れるのを嫌がりました。なので、二人で客室に泊まることにしました」

余計な波風を立てたくは無かった。

けれど、アデルの為に強くならなければ……私は変わらなければならないのだ。
そうしなければ、アデルのシッターとして今後彼女を守れなくなってしまう。

「何だって……そんな話が……」

アドニス様の顔色が変わる。

「俺は叔父上に事前に手紙で知らせておいた。アデルのシッターが一緒に行くので、隣室に部屋を用意しておくようにと。それに、あの棟がラインハルト家の血筋を引く者しか使用出来ないなんて、決まり事など無かった」

「……そうですか」

やはり、私の考えたとおりだった。
アドニス様は自分の叔父に不信を抱いていたのだ。だから、一刻も早く『ソルト』に戻る必要があったのだ。
アデルを連れて……。

「ごめん、アデル。部屋に戻ろう。勿論フローネ、君も一緒に」

すると、アデルが再び口を開いた。

「……お兄ちゃん、私ね……水色が好きなの」

「水色? ……ああ、そうか。そういえば、あの部屋はピンク色だったな。分かった、すぐにでも水色の部屋に変えてあげるよ」

「本当?」

「勿論、本当だよ。さ、それじゃ二人共……戻ろう?」

アドニス様が笑顔で私達に手を差し伸べた――