この日は、雲一つ無い青空だった。

『レアド』駅のホームで、私達はシュタイナー夫妻と別れを惜しんでいた。

「アデル、いつでも遊びにおいで。お前の部屋はいつでもあのままにしてあるのだから」

「……うん」

シュタイナー氏がアデルの頭を撫でた。

「赤ちゃんの頃から一緒に暮らしていたから本当に寂しくなるわ……。アデル、元気でね。お祖母ちゃんのこと忘れないでね? 毎月お手紙を書くわ」

「私も、お祖母ちゃんにお手紙書くね」

アデルの言葉で夫人の目に涙が浮かび、夫妻は交互にアデルを抱きしめる。

「お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも……元気でね」

抱擁が終わったアデルは、泣くのを我慢しているようにも見えた。

「お祖父様、お祖母様。今までアデルを育ててくださり、本当にありがとうございました」

アドニス様が丁寧にシュタイナー夫妻に御礼を述べた。

「御礼を言う必要など、どこにもないぞ? アデルとの暮らしは、とても楽しかったしな」

「ええ、そうよ」

夫人はアデルの頭を撫でると、私に声をかけてきた。

「フローネさん。アデルのことをよろしくお願いね?」

「はい。大切に、お育ていたします。私をアデルのシッターにさせて頂き、本当にありがとうございます。どうぞお二人共、お元気でいてください」

「ああ、フローネも元気でな」

「また三人で、必ず遊びに来てちょうだいね」

その時。

ボーッ……

汽車が汽笛を鳴らして、蒸気を吹き上げた。出発の時間が近づいたのだ。

「そろそろ汽車が発車する時間です。お祖父様、お祖母様。どうかお元気で」

「ええ」
「アドニスもな」

3人は握手を交わすと、アドニス様が私とアデルに声をかけた。

「アデル。フローネ、汽車に乗ろう」

「はい」
「うん……」

元気無さそうな声で頷くアデルの手を繋ぐと、夫妻に見守られながら汽車に乗り込んだ。

アドニス様が手配した汽車の座席は一等車両で、個室になっていた。
豪華な革張りの椅子に座ると、窓の外にはシュタイナー夫妻が見える。

「お祖父ちゃん! お祖母ちゃん!」

アデルが声を上げると、アドニス様は窓を開けた。

「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……!」

アデルは2人に小さな腕を伸ばすと、堰を切ったようにボロボロと泣き始めた。

「アデル……!」
「アデル……アデル……!」

シュタイナー夫妻も涙ぐんでいた。
2人はアデルの小さな手をしっかり握りしめ、最後の別れをする。

「アデル、アドニスとフローネさんの言うことを良く聞くのだよ」

「う、うん……」

シュタイナー氏の言葉にアデルが泣きながら頷いた時……ゆっくりと汽車が動き出した。

「お祖父様……危ないので手を離して下さい」

アドニス様が申し訳無さそうに声をかけると、シュタイナー氏は手を離した。

「アデル! 元気でね!」

夫人が泣きながらアデルに呼びかける。

「お祖母ちゃん……」

アデルは泣きながら遠ざかっていく2人に手を振っている。その姿があまりに可愛そうで、私の目にも思わず涙が浮かんでしまった。

ボーッ……

汽笛の音が大きくなり、汽車は速度を上げ……『レアド』の駅はみるみるうちに遠ざかっていった……。

「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……」

アデルは私の膝に顔を埋めて、肩を震わせて泣いている。

「大丈夫、また直ぐに会えるわ。代わりに今度からアデルの側には優しいお兄様がいるのだから……。それに私もいるわ」

「……ごめん、アデル。また必ず、お祖父様とお祖母様に会いに行くから。今は……我慢してくれないか?」

私とアドニス様は、アデルが泣き疲れて眠るまで慰め続けるのだった――