アデルがお昼寝から目覚めたのは午後2時を過ぎた頃だった。

「う〜ん……ママァ……」

アデルの部屋の整理をしていると、ベッドの上から声が聞こえてきた。

「アデル? 目が覚めた?」

近づいて声をかけると、アデルがムクリと起き上がって目をこすった。

「うん……起きた」

そして、ボンヤリと私を見つめる。

「フフフ。気持ちよさそうに眠っていたわよ? いい夢をみれたかしら?」

柔らかな髪を撫でてあげると、アデルが抱きついてきた。

「うん、ママの夢を見たの」

「ママの夢?」

「そう、良かったわね。きっとお兄様に会ったからママの夢を見たのかもしれないわね」

アデルには母親の記憶がない。それが気の毒だった。

「お兄ちゃん……何かお話してた?」

「ええ、アデルのことを可愛い、天使みたいだって言ってたわよ?」

「本当?」

顔を上げて私を見つめるアデル。

「ええ、本当よ。アデルの目が覚めたことを皆に報せに行きましょうか? 多分リビングで待っていると思うから。行く前に髪をとかしていきましょうね」

「うん」

アデルは天使のような笑顔を浮かべた――


****

「お待たせいたしました」

髪をとかし、青いリボンに青いワンピース姿に着替えさせたアデルを連れてリビングへやってきた。

すると、ソファに座って談笑していたシュタイナー夫妻とアドニスが一斉にコチラを振り返る。

「アデル、目が覚めたのだな? おいで」

「お昼も食べずに眠ってしまったからお腹空いているでしょう? アデルの好きなフルーツサンドイッチがあるわよ。いらっしゃい」

夫妻の言葉にアデルはコクリと頷いた。

「う、うん」

すると、アドニス様が声をかけてきた。

「アデル、兄さんの隣に座らないか?」

アドニス様の隣の席は空席になっている。

「お姉ちゃん……」

アデルが不安そうに私を見上げる。

「アデル、お兄様の隣に座ってあげたら?」

「うん……」

おずおずとアデルはアドニス様に近づくと、彼は笑みを浮かべた。

「おいで、アデル」

アドニス様は近づいてきたアデルを軽々と抱き上げると、自分の隣に座らせた。
アデルはびっくりしたようにアドニス様を見上げるも、怖がっているようには見えなかった。

ここは一家団らんの席。部外者の私は席を外したほうが良いだろう。

「それでは、私は一度席を外します。ごゆっくりお過ごしください」

挨拶をして下がろうとすると、アデルに引き止められた。

「お姉ちゃん! 何処行くの?」

「そうよ、フローネさんも席に座りましょう?」
「何処へ行くというのだい?」

夫妻が交互に尋ねてくる。

「え? ですが私は部外者ですので……」

するとアドニス様が声をかけてきた。

「部外者ということはないよ。君はもう家族も同然なんだから。アデルだって君がいないと不安がるから、一緒に座ってもらえないかな?」

「分かりました……では座らせていただきます」

シュタイナー家の温かい言葉はとても嬉しいけれども、未だに馴染めなかった。
それだけ、クリフやリリス……それにバーデン家で受けた仕打ちは私の心に深い傷を作っていたのかもしれない。

恐縮しながらアデルの隣の席に座ると、早速アドニス様がアデルに話しかけてきた。

「アデル、どのサンドイッチが食べたいかい?」

「……イチゴ。イチゴが好き」

「イチゴだね? はい、アデル」

アドニス様がイチゴのサンドイッチをお皿に取ると、アデルの前に置く。

「……食べていい?」

アデルが私に尋ねてくる。

「ええ。勿論よ」

するとアデルはサンドイッチを手に取ると口に入れた。

「美味しいかい? アデル」

アドニス様がアデルに尋ねる。

「うん、美味しい」

「そうか、それは良かった」

にっこり笑みを浮かべるアドニス様。
まだ2人の間にはぎこちなさがあるけれども、アドニス様はアデルのことをとても大切に思っていることが分かった。

アデルもチラチラとアドニス様を気にかけながらサンドイッチを食べている。

良かった……。
きっと、この兄妹は仲良くやっていけるに違いない。

2人の様子を伺いながら、私は紅茶を口にした――