「祖父母からは手紙で聞いていたんだよ。アデルがすごく新しいシッターに懐いているって。でも、本当にその通りだった。妹をかわいがってくれてありがとう」

私の少し前を歩くアドニス様が話しかけてくる。

「いえ、そんなお礼を言われるほどのことでは……私は本当にアデルが可愛くて、お世話をさせていただいているだけですので」

「それでもお礼を言わせてもらえないか? アデルは人見知りが激しくてね。年が離れすぎているせいか、兄である俺にも懐いてくれないんだ。まぁ、ほとんど一緒に暮らしたことがないのも原因であるけどね。だから君には本当に感謝している」

「感謝……ですか?」

すると、アドニス様が足を止めて私を振り返った。

「ところで、何故さっきから後ろを歩いているんだい?」

「え? そ、それは私は……使用人だからです。隣を歩くなど、恐れ多いことですから」

バーデン家では使用人は家主と家族の隣を決して歩いてはいけないと徹底して教育されていた。

「使用人だからって、別に後ろを歩く必要は無いよ。それに君は使用人ではなく、アデルのシッターなんだから。話しをしにくいから隣を歩いてくれないかな?」

「は、はい。申し訳ありません」

慌てて、隣に移動するとアドニス様は笑みを浮かべ、再び歩き始めた。

「じつは今日、ここへ帰って来たのは昨日、マリ大学を卒業したからなんだ」

「マリ大学を卒業されたのですか? おめでとうございます」

クリフの通っている大学だ。
学年は違うけれど……もしかして、クリフとアドニス様は知り合いだろうか?

「ありがとう。それで、祖父母から聞いていると思うけど……近々、領地がある『ソルト』にアデルを連れて戻るつもりなんだ。いつまでも叔父に領地を任せておくわけにも行かないし。それで、フローネ。君も一緒に来てくれるんだよね?」

「はい、もちろんです。私はアデルのシッターですから」

アドニス様の腕の中でスヤスヤと眠るアデルをじっと見つめる。

「良かった、それを聞いて安心したよ。正直、不安だったんだ。アデルは俺に少しも懐いてくれないし……その状態で『ソルト』に連れて帰らないとならないから。君がいてくれて本当に良かった。ありがとう」

「い、いいえ。お礼なんて……当然のことですから」

優しい声と笑顔を向けられて思わず顔が熱くなり、俯いた。

「祖父母から聞いていると思うけど、俺とアデルは腹違いの兄妹なんだ。祖父母とアデルは血縁関係は全く無いんだよ。本来なら、『ソルト』の家に置いておくべきなのに、アデルの世話を頼めるような人物が誰もいなくてね。それでやむを得ず祖父母にアデルのことを頼んだのさ」

「そうだったのですか……」

そこまでの事情はシュタイナー夫妻から何も聞いてはいなかった。

「だけど、祖父母は本当の孫のようにアデルを可愛がってくれている。本当に祖父母には感謝しているよ。けれど大学を卒業して俺が『ソルト』に戻る以上は、いつまでもアデルを預けるわけにはいかない。元々祖父母の孫ではないからね。2人は遠慮すること無いと言ってくれているけど、兄として妹の面倒はみるつもだった」

「……」

私は黙ってアドニス様の話を聞いていた。
だから、尚の事シュタイナー夫妻はアデルのシッターを捜していのだ。

「もう時間もあまり残されていなかったし、どうしようかと困っていたんだ。そんなとき、君というシッターが現れてくれたんだ。助かったよ」

「いえ、私こそ路頭に迷うところを拾って頂き、感謝しております」

そのとき、丁度私達はアデルの部屋の前に到着した。

「扉、開けますね」

「ありがとう」

両腕が塞がっているアドニス様のために、扉を開けると私達は部屋の中へ入った。

アドニス様はアデルをベッドまで運び、そっと寝かせて傍らに座ると愛おしそうにアデルを見つめる。

「アドニス様は……本当にアデルを可愛いがっていらっしゃるのですね」

「そうだね。こんな風に眠っている時しか側にいられないから、尚更かな。でも……本当に可愛い。天使みたいだ」

そっとアデルの髪に触れながらアドニス様は返事をすると、立ち上がった。

「祖父母に呼ばれているから、もう行くよ。アデルのことをよろしく」

「はい、お任せ下さい」

するとアドニス様は笑みを浮かべると、静かに部屋を出ていった。

「……優しそうな方ね……まるで、昔のクリフみたいだわ……」

久しぶりに『マリ』の話が出て、クリフのことを思い出してしまった――