12時半――
簡単な食事を終え、今はリリスのクローゼットの整理を行っていた。
あの後、久しぶりにクリフがバーデン家に戻ってきたということで家族だけの水入らずで過ごすという話の流れになった。
そこで私はリリスの部屋で彼女の洗濯が終わったドレスを片付けている最中だった。
「クロードさん……ニコルに無事、会えたかしら……」
美しいドレスを丁寧にしまいながら、思わずため息が漏れてしまう。
リリスのことを信じたい。
けれど、彼女から衝撃的な言葉を聞かされてからは疑う気持ちが芽生えてしまうようになってきた。
『あなたを虐めていいのは私だけなのに』
あの言葉は今も耳に焼き付いて離れない
リリスはずっと……子供の頃から私に、あんな感情を持っていたのだろうか?
そんなことを考えていた時。
「フローネさん」
不意に名前を呼ばれ、振り向くと部屋の中にクロードさんの姿があった。
「クロードさん!」
「すみません、部屋の扉が開かれていたので……驚かれましたか?」
「いいえ、大丈夫です。それで、ニコルには会えましたか?」
するとクロードさんは笑みを浮かべた。
「ええ、会えました。フローネさんと似ておりましたので、すぐに分かりましたよ」
「え? 私とニコルがですか? 髪の色だって違うのに。ニコルは銀色ですが、私はこんな暗いグレーだし……」
せめて……リリスのように美しい外見だったら、クリフは少しくらいは私のことを見てくれただろうか?
「そんなことはありません。今だって太陽の光でフローネさんの髪は銀色に輝いて見えますよ。瞳だって、海のように深い青色で美しいですよ」
たとえ、お世辞だとしてもクロードさんの優しい声は私の胸に染み入った。
「あ、ありがとうございます……」
「ニコルさんは最初、フローネさんが仕事で来れなくなったと話した時、とても悲しそうにしていました。ですが、お仕事なら仕方ないですねと納得されました。そこで私が手紙を渡したところ、すぐに読まれました。そして返事を書きたいと仰られたので、喫茶店に入って手紙を書かれました。こちらになります」
クロードさんが懐から封筒をとりだした。
「ニコルからの手紙……ですか?」
震える手で受け取ると、封筒には「大好きなお姉様へ」と書かれている。
その文字は、紛れもなくニコルの物だった。
「ニコルの字だわ……」
私の目にみるみる内に涙が溜まる。しっかり手紙を抱きしめると、エプロンのポケットにしまった。
「お読みにならないのですか?」
クロードさんが不思議そうに尋ねてくる。
「はい、今は……リリス様のクローゼットの整理がありますから。仕事が終わった後、楽しみに読むつもりです。それで……ニコルは元気そうでしたか?」
「ええ、私の目にはとても元気そうに見えました」
「そうですか……良かった」
私は辛い生活を送っているけれど、ニコルだけでも幸せに暮らしてもらいたい。それが私の望みだから。
「それでは手紙も渡しましたので、私はこれで失礼致しますね」
「本当にありがとうございました」
クロードさんが去ると、私は再びクローゼットの整理を始めた――
****
リリスに命じられた仕事を終えると、私はすっかり暇になってしまった。
彼女はまだ隣の部屋に戻ってきた気配はない。
そこで自室に戻るとさっそく机に向かい、ニコルの手紙を読み始めた。
手紙には私と離れ離れになってしまってから、その後の生活について、細かく書かれていた。
ニコルを引き取ってくれたブラウン夫妻は本当に良い人のようで、幸せに暮らしていることが書かれており、その枚数は5枚にも渡っていた。
「良かった……ニコル、幸せそうで……」
これだけ書くには相当時間がかかったことだろう。けれどクロードさんはニコルが手紙を書き終えるのをじっと待っていてくれたのだ。
手紙の最後には、こう書かれていた。
『僕が大人になったら、一緒に暮らしましょうね。僕がお姉様を幸せにしてみせます』
「ニコル……」
私は手紙を胸に抱きしめ……暫くの間、泣き続けた。
そして、この日は日付が変わるまでリリスから呼び出されることは無かった――
簡単な食事を終え、今はリリスのクローゼットの整理を行っていた。
あの後、久しぶりにクリフがバーデン家に戻ってきたということで家族だけの水入らずで過ごすという話の流れになった。
そこで私はリリスの部屋で彼女の洗濯が終わったドレスを片付けている最中だった。
「クロードさん……ニコルに無事、会えたかしら……」
美しいドレスを丁寧にしまいながら、思わずため息が漏れてしまう。
リリスのことを信じたい。
けれど、彼女から衝撃的な言葉を聞かされてからは疑う気持ちが芽生えてしまうようになってきた。
『あなたを虐めていいのは私だけなのに』
あの言葉は今も耳に焼き付いて離れない
リリスはずっと……子供の頃から私に、あんな感情を持っていたのだろうか?
そんなことを考えていた時。
「フローネさん」
不意に名前を呼ばれ、振り向くと部屋の中にクロードさんの姿があった。
「クロードさん!」
「すみません、部屋の扉が開かれていたので……驚かれましたか?」
「いいえ、大丈夫です。それで、ニコルには会えましたか?」
するとクロードさんは笑みを浮かべた。
「ええ、会えました。フローネさんと似ておりましたので、すぐに分かりましたよ」
「え? 私とニコルがですか? 髪の色だって違うのに。ニコルは銀色ですが、私はこんな暗いグレーだし……」
せめて……リリスのように美しい外見だったら、クリフは少しくらいは私のことを見てくれただろうか?
「そんなことはありません。今だって太陽の光でフローネさんの髪は銀色に輝いて見えますよ。瞳だって、海のように深い青色で美しいですよ」
たとえ、お世辞だとしてもクロードさんの優しい声は私の胸に染み入った。
「あ、ありがとうございます……」
「ニコルさんは最初、フローネさんが仕事で来れなくなったと話した時、とても悲しそうにしていました。ですが、お仕事なら仕方ないですねと納得されました。そこで私が手紙を渡したところ、すぐに読まれました。そして返事を書きたいと仰られたので、喫茶店に入って手紙を書かれました。こちらになります」
クロードさんが懐から封筒をとりだした。
「ニコルからの手紙……ですか?」
震える手で受け取ると、封筒には「大好きなお姉様へ」と書かれている。
その文字は、紛れもなくニコルの物だった。
「ニコルの字だわ……」
私の目にみるみる内に涙が溜まる。しっかり手紙を抱きしめると、エプロンのポケットにしまった。
「お読みにならないのですか?」
クロードさんが不思議そうに尋ねてくる。
「はい、今は……リリス様のクローゼットの整理がありますから。仕事が終わった後、楽しみに読むつもりです。それで……ニコルは元気そうでしたか?」
「ええ、私の目にはとても元気そうに見えました」
「そうですか……良かった」
私は辛い生活を送っているけれど、ニコルだけでも幸せに暮らしてもらいたい。それが私の望みだから。
「それでは手紙も渡しましたので、私はこれで失礼致しますね」
「本当にありがとうございました」
クロードさんが去ると、私は再びクローゼットの整理を始めた――
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リリスに命じられた仕事を終えると、私はすっかり暇になってしまった。
彼女はまだ隣の部屋に戻ってきた気配はない。
そこで自室に戻るとさっそく机に向かい、ニコルの手紙を読み始めた。
手紙には私と離れ離れになってしまってから、その後の生活について、細かく書かれていた。
ニコルを引き取ってくれたブラウン夫妻は本当に良い人のようで、幸せに暮らしていることが書かれており、その枚数は5枚にも渡っていた。
「良かった……ニコル、幸せそうで……」
これだけ書くには相当時間がかかったことだろう。けれどクロードさんはニコルが手紙を書き終えるのをじっと待っていてくれたのだ。
手紙の最後には、こう書かれていた。
『僕が大人になったら、一緒に暮らしましょうね。僕がお姉様を幸せにしてみせます』
「ニコル……」
私は手紙を胸に抱きしめ……暫くの間、泣き続けた。
そして、この日は日付が変わるまでリリスから呼び出されることは無かった――