大ホールに行くと、既に大勢のメイド達が集まっていた。

中にはホワイトブリムを被らず、黒のロングドレスにエプロン姿のメイドたちの姿もいる。
彼女たちは、上級メイドで私のような底辺メイドとは格が全く違う。
そして一段高い壇上にいるのは……勿論リリスだった。

結婚したせいだろうか。青いドレス姿のリリスは以前よりも大人びて見えた。リリスの側には執事らしき、初老の男性が大きな箱を前に立っている。

「あら、やっと来たわね?」

リリスはこちらを見ると声をかけてきた。

「ええ、連れてまいりました。遅くなってしまいまして、大変申し訳ございません。このメイドが仕事があるから行きたくないとグズグズしていたものですから」

チラリとメイド長が私を見る。

「え!?」

そ、そんな……! 私に来なくていいと言ったのはメイド長なのに? 身体から血の気が引く。

すると、リリスが笑みを浮かべた。

「あら……?  今まで一度だって私の申し出を断ったことがないのに、私の誘いを断るはず無いでしょう。? そんな嘘、信じるとでも思っているの?」

え……? 
リリスの言葉に思わず耳を疑う。

一方、メイド長はリリスの言葉に青ざめた。

「そ、そんな……! リリス様……私はう、嘘など……」

「私はあなたに名前を呼ばせる許可は出していないけど? 若奥様と呼んでもらわないと」

「も、申し訳ございません……わ、若……奥様……」

メイド長はすっかり怯えている。
その様子をクスクス笑いながら見ている他のメイド達。

一体……何がどうなっているのか、私には今の状況が理解できなかった。

「さて、全員揃ったところだし……一列に並んでくれるかしら? これから皆さんには色々お世話になるのでお土産を渡そうかと思っているの」

リリスの言葉に、当然メイドたちは嬉しそうに顔を輝かせて我先にと列を作って並んだ。

一方、気まずくて列に並ぶことが出来ないのは私とメイド長。

メイドたちは男性から小箱を受け取ると、嬉しそうにリリスにお礼を述べていく。
その様子を私はボンヤリと見つめていた。

やがて一場最後に並んでいたメイドが小箱を受け取ると、リリスはこちらに視線を向け、手招きした。

「何をしているの? 早く取りにいらっしゃいよ」

「は、はい」

メイド長が返事をしてリリスに近づいた。すると……。

「何かしら? 私はあなたを呼んだ覚えはないけれど?」

「え!」

途端にメイド長が顔を真っ赤にさせて俯く。

「平気で嘘をつくような使用人は信用できないのよ。そんな人にお土産を渡せるはず無いでしょう?」

隣に立つ初老の男性にリリスが尋ねる。

「はい、まさにその通りでございます。……君は出て行きなさい」

「……はい……」

メイド長はすっかり意気消沈した様子で去っていく。
その様子を他のメイドたちはヒソヒソ話しながら見守っている。

「見て。あの様子」

「いい気味だわ」

「大体いつも威張っていて気に入らなかったのよ」

「若奥様……なんて素敵な方なのかしら」

私はその様子にただ驚くばかりだった。あのメイド長は相当評判が悪かったのだろう。その場にいたメイド達が全員嬉しそうに笑って見ている。

それだけではない。
リリスは今の行動でこの場にいる全てのメイド達の心を掴んだのだ。

呆然としていると、リリスが笑顔で手招きしてきた。

「何をしているの? フローネ、早くいらっしゃいよ」

「……は、はい……」

リリスに名前で呼ばれたことで、今度は私に他のメイドたちの鋭い視線が集中する。
これでまた、私に対する風当たりが強くなるだろう。
でも、私はリリスには逆らえない。何も言えない立場なのだ。

覚悟を決めて、リリスの前に立った。

「はい、リリス。あなたにはこれよ」

リリスが自ら手渡してきたのは小瓶だった。

「ありがとうございます……」

「それは軟膏よ。ヒビやアカギレによく効くの。そんな手では何かとこの先不便だものね?」

そしてリリスは天使のような笑みを浮かべた――