「お前、なんで……」

「なんで? あんな雑な尾行や監視に気づかないわけがない。この人がいなくなったって聞いて、ま、この辺りだろうなってね」


つまり、彼らに尾行を返していたのか。
こいつらが悪人のわりに抜けてるのかもしれないけれど、ウィルは一体何者なんだろう。


「引け。のこのこ案内してくれるくらいなんだ、ここで時間使うのも無意味だろ。とりあえず俺は、姫さんが戻ってくれば後は興味ないんで。今なら見逃してやるよ」

「……そ、そんなのダメ……」


声を張って主張しようとしたのに、いつの間にか私はウィルの背中にいて、ちっとも大声なんてでなかった。


「お人好しで馬鹿な姫さんはこう言ってるけど、どうする? 」


違う。
声なんて、掠れてちっとも出てはいなかった。


「……行こうよ」

「……チッ」


それどころか、ぼんやり背中を眺めて。
お姫様みたいに、彼が声を掛けてくれるのを待っている。


「……ウィル」

「大丈夫ですよ。この先で警らが待ち構えてるんで。……最近行方不明者が続出してるって聞いて、被害者が不審に思わず着いてくんなら、それなりの権力者かもしくは……と思ってたんでね。当たりをつけるのは、そう難しくなかった。……立てますか」


そう言われて初めて、自分がへたり込んでいたことに気づいた。


「大丈夫」


私はお姫様じゃない。
きっと、一度もそうじゃなかった。
耳を塞げたのは、何も見えないふりしていられたのは、まだ辛うじてそれらしい環境があったからだ。
多額の借金なんて大事件がなくても、いつかはこうやって一人で踞ってたんだろう。


「……ユリ……」

「迷惑掛けてごめんなさい。同じようなヘマはもうしないわ」


ウィルは雇われた護衛だ。
身内でも、善意で助けてくれる人でもない――そうさせてはいけない。
短い間だとはいえ、ずっと一緒にいればおしゃべりもふざけたりもする。
でも、それだけだ。
それ以上のことを望んではいけないし、受け取ってはいけない。


「お小言はごめんでしょうけど、あんたやっぱり馬鹿ですよ」

「……ごめ」

「でも、ちゃんと対策はしてたんですね」


なぜなら、ウィルは優しいから。



『護身用? 』

『そうですよ。あんただって小さい子どもじゃないんですから、四六時中お守りが必要ってこともないでしょ。んなの、お互いきついんだから渡しておきます』

『それはそうだけど……短剣なんて渡されても、使えるかどうか』


懐に忍ばせたのは、それこそお守りのつもりだった。
あの二人のことは完全に信用しきっていたけど、一人で外出する時には言われたとおり身に着けている。


『使うんですよ。その時がきたら、絶対に。相手が誰だろうと、あんたが生きる為なら使わなきゃいけないんです。本当はこんなのじゃ足りないんですよ。……あんたが』


――生きる為なら。


「あんたが、まだそれを使わずに済んでよかった。……遅くなってすみません」


(……どうして、ウィルが謝るの)


帰ってくる義務なんてない。
護衛という言葉ほど、守る意味もない。
お金で雇われたというほどの金額を、果たして本当に貰えてるの?


「……馬鹿」

「姫さんボケが移ったんですよ。……ほら」


見せられた掌の意味が分からず、じっと彼の瞳を覗き込む。
やがて沈黙の後に唸られて、なぜか頬がじわじわと熱を持つ。


「……ごめんなさい」


ただの親切だ。
ううん、それ以下の単なる責任感。
ウィルが口ほど軽くも適当でもないことは、もう知っている。
だから、手を繋いだんじゃない。
引っ張ってくれるだけだ。それも分かってる。


「……いや」


そう思おうとしたのを見透かしたのか、ウィルは少し為躊躇った後に続けた。


「それは持っててほしいし、あの日言ったことに嘘はない。今度こんなことがあれば、相手がどんな姿だろうと躊躇するべきじゃないって意見も変わりません」


乱暴に引いたと後悔するみたいに、慌てて力を抜いて――もう一度そっと包みこまれる。


「でも、俺も腹を括るべきだった。俺がいるうちは、あんたにそんな物騒な真似させないと。……今度から、声を掛けてください」

「……でも」


もう既に嫌気が差したんだと思うのに。
何かあって目覚めが悪いなんて、どれだけ人がいいの。


「ユリ」


それなら、私が終わらせてあげないと。
そんな決意が、名前を呼ばれてすぐに萎んだ。


「あんたのそんなとこ、どうやら俺が見たくないらしいんですよ。さっきのは、俺が悪かった。……頼むから、今度から俺に言ってくれ」


砕けた言葉が、まるで本心だって言われたみたいで嬉しい。
ぶっきらぼうではあるけれど、それはあまりにあたたかくて。
もう「ごめん」も「ありがとう」すら言えず、ただ頷くしかできなかった。