そう言って笑ったのは、確かについさっきまでのウィリーと同じ顔だ。


「おばさんさ、警戒心がなさすぎるよ。今後は気をつけてって言ってあげたいけど、そんな機会はもうないんだろうな」

「確かにちょろかった。でもなあ、もうちょっと若い方がよかったんじゃないか? 相手さんの機嫌損なわなきゃいいいが」


おじいさんも、最早おじいさんには到底見えない。
表情や口調が違うだけで、こんなにも違うものなのか。


「それは言わないお約束だよ。失礼じゃない」

「ま、仕方ないか。ここ最近働きすぎて、若い娘はやりにくくなってたもんな」

「そーだよ。騙されてくれたのは、この世間知らずのおばさんだけなんだから。文句言わないの」


(……あ……)


『最近物騒だから……』


女将さんにも言われてたのに、他人にのこのこ付いていくなんて。


「それとも、このウィリーっていう名前のお陰かな? 恋人? ……にはあんまり見えなかったけど。好きな人の名前に似てて、親近感あった? もちろん、偽名なんだけどさ」


そこまで把握されているのか。
いや、ずっと見張られていたのかもしれない。
ウィルといるところ、竜について聞き込みしているところも全部。


「んなこた、どっちだっていいさ。教えてもらうのは一つだけだ。このまま、大人しくついてくるか……痛い目見た後にするのか。さっさと選んでくれるかい。お姉さん」

「……そう言われて、黙ってついていく人がいると思う? 生憎、私はお人好しでもそこまでの馬鹿でもないの」


言葉の威勢の良さと裏腹に、声は情けないほど震えている。


「いや、馬鹿だろ。言うとおりにしときゃ、とりあえず怪我することはないのに。別に俺自身には、女をいたぶる趣味はないんだ。その後はまあ、お相手の好みによるけとよ。ひとまず考え直せ」


「好み」よりも「相手」により含みを持たせたのは、絶対にわざとだ。それが恐ろしいからこそ。


「趣味じゃないのにご苦労様。……おじいさん」


こんなクズの思い通りになんてなるものか。
歩き疲れたうえに恐怖で震える足で、逃げ切れないとは分かっている。それでも。


『私、しぶといわよ』


――その言葉、証明してみせる。


「……っの、馬鹿女……」


(……っ)


男の腕がこちらへ伸びてきて、思わず目を瞑りながらも懐をぎゅっと握りしめた。


(……? )


シュッと空気を切る音は聞こえたのに、いつまで経っても覚悟した肌を切る痛みも殴られた衝撃もやってこない。


「……っと。確かにこの人、世間知らずで馬鹿だけどねぇ」


聞こえたのは、いつものように人をおちょくるような間延びした声が。


「……でも、そう呼んでいいのは俺だけなんだよ。少なくとも今、この場ではな」


――薄く笑いながらも、怒りに満ちている。


(……ウィル)


身体が痛まない代わりに、胸が張り裂けたそばから膿んでいくように苦しい。


(……ごめんね)


より痛いのは、きっと私に怒っているのだということよりも、また彼の優しさや面倒見の良さに救われてしまったことだからだ。