「はー……、姫さんは、もう皿も割らせてもらえなくなったんですか。お可哀そうに」
「うっさい!! 姫さんとか可哀想とか、思ってすらないでしょ……! せめて、黙ってお客さんしててよね! 」
あれから、無事に次の村へと着いた私たち。
その夜は宿屋に泊まったけど、これは旅行じゃない。
幸福の竜を探すにしても、そこまでの軍資金がいるわけで。
「何ですか。俺に手伝えとでも? 俺はあんたの護衛でしょ。あいにく、店員さんごっこは坊ちゃんとの契約に含まれてないんでね。金にならないサービスはしない主義なもので」
宿代も惜しい身としては、できたら住み込みで働けないものかと思ってたら、有り難いことに女将が募集の張り紙をしているところに遭遇して。
かなり無茶を言って、お願いしたのだ。
それなのに、接客はもちろん裏方も上手くできず。
忙しい時間はテーブルを拭いたり、外を掃いたり。
こうして波が引けば、店内をちょっとずつ片付けるくらいしかできないのが情けない。
「大体、お客さんに対してその言い草はないんじゃないですかね。こっちは金払ってまで、あんたを見守ってるってのに。そもそも、姫さんがここで働けるのも俺のお陰でしょうが」
(……ぐっ……)
それを言われると何も言えない。
ウィルの言うことは正しいのだ。
彼は自分の分だけ宿代も払って泊まっているし、今だって、昼間はカフェとして営業しているここにわざわざコーヒーとスコーンを注文して優雅に座っているのだから。
おまけに、何の経験もない姫さん――いい大人にイチから教えるというレッスン付きで雇ってくれたのは。
「……ウィルって、私にだけ意地悪なのね」
女将さんに、彼がにっこり笑って頼んでくれたからだ。
「なんだ、ヤキモチですか? 」
困り顔で、強請るように。
甘く優しい声も、いつもと違う丁寧な口調も。
『ご迷惑は承知しているのですが……もし、よかったら』
なんて、その台詞のどこにも色気はないのに。
一体どうやったら、そんなに媚びるような色っぽさが出せるんだろう。
「姫さんがご存じないだけですよ。大抵の人間は、生きる為に思ってもないことを言ったり、しなきゃいけない時ってもんがあるんです。それも、結構な頻度でね。年を重ねる分その機会がくれば、いつか楽にできるようになってるってだけ」
(……それもそうか)
ある程度の裏表は、確かに生きる為の術だ。
思っていることをすべて顔や口に出したら、世の中上手くいかないこともある。
そして私は、他人よりもそれが下手かもしれない。
「……あんたは、それができないままでいられたらいいですね」
何も言えないでいると、気を遣ったのかそれとも皮肉なのか、ウィルはそう付け足した。
「ほら、いくら姫さんでも、お掃除は何も壊さずにできるでしょ。サボらないでください」
「……精一杯やるわ。今は、それしかできないけど」
そうだった。
何にせよ、ウィルのお陰で職にありついたんだし。
お金を貰ってるのに、私語ばかりしているわけにはいかない。
「いいんじゃないですか、それで。……精一杯やる、頑張るってのが下手くそな人間だっているんですから。……ユリアーナ」
果たしてそれで、給金に見合うことができているのか、こんなことで、いつかあの家に帰ることができるのか――脳がどんどん暗い発想を結びつけ始めた時。
「……終わったら、代わりにこれ食べてくれませんかね。俺には甘すぎたんで」
「甘すぎたって、一口も食べてないじゃない。苦手なら、何で……」
(……もしかして……)
「姫さんのお口には合わないかもしれませんが。今のあんたなら、美味しく食べれるんじゃないですか」
「……お姫様の口にだって合うわよ。女将さんが作ってる時、いい匂いしかしなかったもの」
(最初から、そのつもりだったのかしら)
だとしたら。
「ありがと、ウィル」
――ほんのちょっとは、私にも優しいのかも。
「何の礼だか。言ったでしょ。金にならない礼は不要だって。ま、ここなら危険もないでしょうから、俺は失礼しますよ。終わっても、ふらふら出歩かないでくださいね。面倒事はごめんなんで」
「私より、お金に縛られてるわね……。心配しなくても、今のところ他に行くあても、余力もないわよ」
ウィルが立ち上がった席を片付けながら返事をすると、もう彼はこっちを見ていなかった。
(一体、ミゲルはいくらウィルに払ったのかしら)
ウィルが言うほど、お金になる仕事だとは思えないけれど。