それから、明らかにウィルの様子がおかしかった。
話しかければ、いつもの調子で。


『何ですか、急に。でも、ダメです』


昨夜だって、原因不明の不安に押し潰されそうになるのが怖くて、部屋でウィルにくっついたけれど。


『知らないんですか? 甘えんぼは食われちゃうって、決まってるんですよ』


そんな謎の理由でやんわりと――でも、断固として拒まれてしまった。



「ユリ? 」

「ユリさん……? 」


声を掛けられてやっと、膝に心地よい重みがあることを思い出した。
こんな時、街を彷徨く気にも、部屋でじっとしている気分にもなれなくて、一人でステフのところを訪ねたのだった。
幸い、教えてもらった道筋は初めて山を登った時とは比べものにならないくらい楽で安全だ。
これなら、一人でも来られる――自分を励まそうとそう思ったのに、ますます落ち込んでしまう。


「あ、ごめんね。何でもないの」


ステフと子どもたちの郷は、彼らがあたたかい分、何だか殺風景に思えて胸が痛い。
彼らを陽の当たる場所へ――まだ何も知らない子たちには、余計なお世話かもしれない。
知識を得ることは、同時に悲しみも辛さも知ってしまうかもしれない。
もしもそうなら、いや、そうだとしても――……。


(……お父様も、そう悩んだのかしら。ウィルもそうだった……?)


――ウィル。

目の前の問題について考えようとしたのに、一度その名前を思い浮かべてしまえば、もうどうしようもなかった。
どうして急に、こんなにも距離を取られてしまったのか。


(……ううん)


原因なんて分かってる。
サミュエルと名乗る男が現れてからだ。
そして彼の宣言どおり、今のところ私には「続きは後日」が来ていない。
それは、もしかしたら――……。


「……酷い顔だな」

「ステフ。……そうよね」


きっと、ものすごく酷い顔だ。
ウィルがいないだけで。
離れるとも別れるとも言われていないのに、私の頬はこんなにも血の気を失くす。


「……信じてもらえなかったのかなって。そう思うと、自分勝手さに自分で失望する」

「あいつを庇うつもりはないが。信じていない相手を好きにはならないし、側にもいないのではないか」


『ウィルに何か聞いてる? 』

とても尋ねる勇気はなくて出た言葉に、ステフはそう言ってくれたけれど。


「そうよね。……側に、いたりしないわよね」

「…………」


ステフを困らせたって仕方ないのに。
八つ当たりしたくなるほど、ウィルのことしか考えられない。


「……ごめんなさい。直接言うべきだって分かってるのに」

「直接言って、上手く逃げられたのだろう。現状、私から言えることは何もないが、これだけは分かる」


つまり、ウィルから何かしらの話は聞いているのか。
ウィルは、ステフには相談した……?


「あれは不器用だ。なまじ、これまで器用に生きてきたせいなのだろうな。それを自覚したのが初めてだったから、自分のなかで処理できていない。だが、ユリアーナのことを大切に想っていることだけは確かだ」


それは伝わっている。
大切に想うよりも、我儘に側にいてほしいと思うのは自分勝手だということも。
それだって、ウィルの我儘なんかじゃなく私の願望に過ぎないのだから。


「……私に相談したって無意味。それも分かってる。だから、ウィルが私には何も言わないのも」


たとえ、一緒にいることで更なる苦難が待ち受けていたとしても。
側にいなければ、それが軽減するのかもしれなくても。


(どんなことと比べたって、私が選ぶものは決まってる)


――何があったって、ウィルと離れるほどの悲しみはない。