どうにもできない。
それこそ、ウィルが優しいだけだから。


「ありがとう」


側にいてくれて。
父のことを気にしてくれて、私に着いてきてくれて。
ここにいることはウィルには辛いかもしれないのに、私の我儘に付き合ってくれた。


「私ね、たぶん今まで生きてきたなかで、最高に我儘になってると思う」


貫きたいものなんて、今までになかった。
誰のお姫様にもなれなかったのは、恐らく私自身にも都合がよかったのだと思う。
心が惹かれない何かの為に、私は手を伸ばす勇気がなかった。
もしかしたら、今も何も変わっていないのかもしれない。


「ウィルはああ言ってくれたけど、初めてなのよ。誰かや何かをこんなに好きになったり、この楽しい時間を全部手放さないでいられる方法に悩むのも。幸せを離したくないって思えること自体、幸せ。ウィルは私をめちゃくちゃだとか言うけど、生憎、以前はもっと普通でつまらなかったわ」

「……最後のは、違うと思いますよ。少なくとも、ジェラルドから聞いたあんたは違った。ちょっと悔しいし、図々しいオッサンだって呆れたりもしますけど。ジェラルドの思惑通り、俺はあんたに惚れたわけですからね」


(お父様の思惑通り……?)


「俺に屋敷までの道を教えたのは、自分の窮地を救ってほしいなんてものは全くなくて。明らかにあんたと出逢わせる為だ。大体、ジェラルドは自分が困窮してるとは思ってなかったんじゃないですかね。……だから、お人好しだって言うんだ」

「よく分からないけど……ウィルが自分を心配して屋敷方面に向かうと思ったのは、お父様があなたを信じたのとあなたがお人好しだからよ。そして、私たちが出逢えたのがその証明だわ」


知らないふりもできた。
ましてや、これまでたくさん傷ついてきたウィルなのに。
メモすら取ってなかっただろう道順を思い出して、屋敷を訪ねて。ミゲルと話してまで、雇われるなんて。


「確かにな。お前にユリやジェラルドのことをとやかく言えない。少なくとも、人の良さについては。……しかし、ますます解せない」


(……そう、やっぱりそうなのね)


「ジェラルドがご家族のことを考えず、それほどの借金を背負うとはどうしても思えん。確かに、私やあの子らの為に尽力はしてくれたが。そもそも、言ったように私にも蓄えはある。だからこそ、麓の村と持ちつ持たれつでいられるのに」


――借金の理由。
父は、一体何に莫大な額を費やしたのか。
そこが分かれば、ミゲルが私を追い出した理由も分かるはず。


「もしかすると、借金そのものがないのかもしれませんよ。……送金、ここらでやめませんか。仮に借金が本物でも、額に対して送れる金額も小さすぎる。そんなのなくたって、妹さんのことなら坊っちゃんが何とかします」

「……それは、そうなんだけど」


私の返事なんて、提案する前からお見通しで。
最早溜息すら出ないのか、ウィルは瞼を閉じたくせに天井を仰いだ。


「これも言ったって逆効果なんでしょうけど。……送金することで、あんたの居場所がバレるのは危険だって思ってるんですよ。ジェラルドの死を知って、俺は余計にそう思ってる」


――バレるって、誰に……?

その問いは声にはならず、空気だけがぽかんと間抜けに開いた唇から漏れていく。
だって、そんなのここにいる誰も知りようがない。
寧ろ知らない方がいいと、ウィルはずっと心配してくれているのに。