「はー、やれやれ。村直結の道があるなら、最初から教えとけっての。……大丈夫ですか」


宿に戻って、ウィルがカチャリと後ろ手に鍵を掛ける。
そんなの今に始まったことではないのに、心臓がうるさくて返事ができなかった。


「緊張してるんですか」

「〜〜っ、当たり前でしょ……!! ……誰かを好きになったこともなかったし、好きだって言われたこともなかったし……」

「……同じ部屋で、夜を過ごしたこともなかったし? 」


(……分かってるくせに……! )


散々初体験だのなんだの、おまけに竜にまで暴露しておいて、更なる羞恥を煽るウィルを睨む。


「そうよ。……わ、悪かったわね、この歳で経験なくて……」

「いや? 悪くないですよ。俺だって、大した経験なんざありませんし」

「う、うそ……」


なのに、あっさりそんなことを言われて拍子抜けしていると、そっと抱き寄せられた。


「嘘じゃありません。誰かを信用するのも、好きになるのも、好かれてるって分かっていられるのもあんただけです。……興味本位や、怖いもの見たさの相手はいましたけどね」

「……それは、ウィルを知らないのよ」


その時どれだけ傷ついたかなんて、私には想像もつかない。
ウィルの気持ちを思うと切ないのに、同時に嫉妬が渦巻いたりする自分に呆れてしまう。


「それに、俺も緊張してる。あんたが怯えないか、まだ怖いのに……疾しいことありすぎて嫌になる。でも、そう思えるのも嬉しくて……若いの、なんて呼ばれるはずだ」


そう自嘲気味に笑うウィルを見て喜んでいる私こそ、舞い上がっている。


「あ、安心してください。俺は見た目どおりの年齢だし、人間同様の歳の取り方ですから」

「何でも構わない。それも本心だけど……一緒の時を過ごせるのは嬉しい」


事実を教えてくれるのを、わざと冗談にしてくれたのに。
私はちっとも余裕なんてなくて、真顔で返してしまって少し後悔した。


「好きですよ。俺こそ、まともな経験なくてすみません」


「別に、悪くないわ」そう言おうとして、すぐにやめた。
きっと、信用して傷を晒してくれているのだと気づいたから。
そんなの言わなくてもいいのに、私に見せようとしてくれているのが嬉しくて。


「……ありがとう」


返事にならないと知りつつ、何とか言葉にしたのを面食らったように見つめて――私の頬を、そっと包んだ。


「それは俺の台詞ですよ。貴族様なら、それなりに機会はあったでしょうに。あんまりモテないでくれて、ありがとうございます」


空気を軽くする為だ。
分かってはいる。
でも。


「〜〜っ。人外の土手っ腹に拳入れないでくれます!? 一緒に旅して、信じてた相手が探してた竜の子孫だったんですよ。せめて、そこは平手打ちでしょうが」

「……ウィルはウィルだもの」


なんかムカついたから、私もいつもどおりの反応をしてみせたのに。
どうして、私が苦情を言われないといけないのだろう。


「怒るとこ、おかしいでしょ。ったく……拗ねるのは続き聞いてからにしてください」

「……何よ……」


そりゃあ、確かに機会だけはあった。
でも、やっぱり、これぞプリンセスなディアーナみたいにはいかなくて。
彼女みたいに、大勢のプリンセスじゃなくてもいい。
というか、それはとても無理なのは分かってるから――だから、いつか、たった一人だけ。


「……俺の姫さんでいてくれて、ありがとう」


本当は、ずっとそう淡い期待を抱いていた。