ベッドの上で、後ろからウィルに抱きしめられている。
いや、それは言いすぎかもしれない。
少なくとも、大袈裟な表現。
ウィルは私を諭す為に、何だか知らないけど私を腕で固定しているだけだ。
そう、これは親切心からくる説得。


「……」


脳内で必死にそう結論づけたのを見計らったみたいなタイミングで、耳元でふと笑われてしまった。


「……っ」


息を飲んだのも、笑われたのに腹が立たないのも、一秒経つごとに熱さが増す頬も。
耳に伝わった音が、あまりに優しすぎるせいだ。


「あんたのそれは、単にこういう状況に慣れてないからですか。それとも」


――ちょっとくらいは、俺のせいだったりするんですかね。


「……な……ど、どういうお説教なの」


最後までは言われなかったように思う。
でも、私にはそう聞こえた。
幻聴かもしれないし、途切れた先を私が深読みしているに違いない。


「話逸らすの下手すぎでしょ。……ああ、そうですね。説教くさかったら、すみません。色っぽくならなかったんなら、俺のせいだ」


せっかく、どうにかそう納得しようとしたのに。
私が経験不足とか、そういうからかいは一切せずに、あっさりと自分のせいにしたりする。


「真っ赤ですね、姫さん。自分で分かってるんでしょうけど、これだけくっついてりゃ俺にも伝わってくるんですよ。問題は、あんたがこんなに茹で上がってるのは何でかってこと」

「な、なんでって……それは、あなたが」


緩くとはいえ、私の身体に腕が絡んでいるから――……。


「……俺? それがユリの答えでいいのか」


そんな事実の言い訳を読んでいたように、ウィルが遮る。
そして、まるでただの言い訳では終わらせないと言うように、後ろから回った腕にぎゅっと寄せられた。


「“誰かに”抱きしめられたからじゃなく、それが俺だからだって。……今、あんたはそう言いかけた。でも、よく聞こえなかったんで。もう一回、聞いてあげますよ」


肩に顎が。
耳に唇が。

ほんの少しでも動こうものなら、きっとウィルに触れてしまう。


「原因が俺になる可能性は、僅かでもあんたのなかにあるんですか? 」


他に経験ないから、分からない――それらしい逃げ方は、私にもできるはずだった。
事実である反面、大嘘でもある。


(経験はないけど。だからこそ)


他の誰かだったら、こんなふうに大人しく抱かれたままでいるはずがない。


「……それを答えたら、ウィルはどうするの? 」


(……ああ、そういうことだ)


答えを出せないのは、出した後のことを恐れているから。


「言ったでしょ。俺にも経験ないんで、未知数なんですよ。でも」


「ウィルのことが好きかもしれない」

「ウィルだから、抵抗しないの」


曖昧にしろ、明確にしてしまうにしろ。
答えを出してしまえば、ウィルがいなくなる日を早めてしまうのではないかと不安になっている。


「さっき言ったみたいな、平凡な生活もいいんじゃないかと思ったりするんですよ。あんたとなら、平凡なんて有り得なさそうですしね。それに、こんな反応返ってくるなら……」


なのに、そんなことを言うのはどうして。
ウィルがどこかに腰を据えるなんて、想像もつかない。
その隣にいるのが私なのは、もっとだ。


「本気で恋人らしいことできる日も、わりと現実めいてるかなって……俺の勘違いですかね。もし、そうじゃないなら」


頭のなかはぼんやりして、何も考えられないのに。
触れられる感触や、わざとらしくキスを落とす音はあまりに生々しくて、夢だとも幻覚だとも思えなくする。


「次は、大人しく捕まるなよ。じゃなきゃ、俺は勘違いしたままだから」


本当に口づけられたのかと錯覚して、何を信じていいのか分からずただ彼を凝視する私に、彼はまた笑った。


「……っ」


今度はムカつく。
嘘っぽく目を丸めるウィルからパッと離れると、にっこり笑って思いっきり彼の胸を突き飛ばした。