「……竜騎士の村ってここよね」


あれから、いくつ村を経由して――バイトをして――辿り着いた村の、なんと長閑なこと。


「竜騎士の子孫が建てた村、でしょ。そう言ってたじゃないですか」


確かにそう言ってたし、まあそうだろうなとは思っていた。
だから、だからがっかりなんてしてない――というのは嘘だ。
ミゲルが言ったみたいな、おみやげ屋さんすら見当たらない。至って普通の村だった。


「いつのことやらすぎて、本当かどうかも確かめようがありませんねぇ。ってか、この感じだと、そんなの当の村人も忘れてるんじゃないですか。……で、姫さん。今回のお勤め先、ここでいいんで? 」

「〜〜意地悪……! 」


別に、出稼ぎに来ているわけではない。


(……わ、よね? )


いや、もちろん借金返済が目的だし、それには自立しないと話にならない。
でも、本来の目的は、もちろん幸福の竜に会うことだ。
ううん、会って、できれば一緒に来てもらって。
ダメなら、せめて鱗だけでも一欠片戴けませんかってお願いを――……。

そう。

――可能性なんて、考えてはいけない。


「心外だな。俺ほど姫さんに優しい男、他にいないでしょ。ま、あんたの周りに他に男がいないってのもありますけど」

「余計なお世話よ! 」


(……そのとおりだけど)


他に親しい男性といえば、ミゲルくらいで。
それも、「親しい」とも「男性」とも完全には表現できない。
悔しい、ムカつく! ……という気持ちも本当だけど、意識しないとそんな声と顔にならない気がした。
仮にもう少しくらい知人がいたとしたって、確かにウィルほど優しい人はいないと思ったから。


「ほら、設定、設定。姫さんのお守りをするなら、きっと一番それが楽ですからね。んな、怖い顔しないでください。家を捨ててまで一緒にいる大好きな人でしょ、俺は」


悔しい事実、腹の立つ皮肉、おふざけでしかない甘さの後には。


「ほら。……できないなら、せめてそれらしくしててください」


必ず、本物の優しさがくる。
手を差し伸べてくれた理由が、設定云々じゃなく歩き疲れたのがバレたのだ。


「あら、素直。その調子その調子」

「……馬鹿」


ウィルの手は少しひんやりとしていて、何だか切ない。
優しいけれど、彼には手を繋ぐ理由が仕事兼お守りなんだという証明のようで。

――証明?

事実、それだけのことだと分かってるくせに。
一体、私は何を期待してるのだろう。


「……ユリ? 」

「……ううん! 実際恋人と逃亡でそれらしくって、どんななんだろうっておもっただけ」


ほんの少しでも照れて引っ込めたり。
ほんのりとでも、熱をもってと言うつもりなのか。


「……さあね。俺にも経験ないから、知りませんけど。何となく、そんな雰囲気醸し出しといてくださいよ。未経験のあんたには難題でしょうけど、適当に頑張って」

「難題って思ってるなら、適当なアドバイスしないでよ……。大体、そんなってなに」


不満だった点を誤魔化す為に、必死に不機嫌を装う。


「だから、適当に何となくでいいんですって。たとえば、こんな……」


繋いだというより、引っ張るに近い掴み方をもっと緩めて。
なのに、きゅっと指を絡めたと思ったらそれを自分の唇に寄せた。


「……とかね。ね、意味なんざないでしょ。……何となく、そんな。そんなもんなんじゃないですか。好きなんていう、証明のしようがないふわふわした感情は」


真ん丸の私の目から逃げるように、ウィルの視線が絡んだ指からふっと逸れる。


「……意味なんて、作らなきゃ“ない”んだよ。少なくとも、俺にはそんなものなかった」

「……そう。でも」


「何となく」だけど、それは恋愛だけを指しているのではない気がして。


「ウィルにとっては無意味でも、私にとってのあなたは違う」


自分は無意味だと、無価値だと。
嘆きたくなる気持ちを否定するつもりもなければ、「気持ちは分かる」と気安く言える立場でもない。


「ウィルにとって意味はなくても、私にとっては無意味じゃない。だから、適当にはできないの」


それなら、私のなかにあるウィルの存在意義も、たとえ彼自身だろうと打ち消せるものではない。


「器用なんだか不器用なんだか。……あー、そうですか。分かりましたよ。じゃあ……」


――せいぜい、ドキドキしてな。


ボンッと火を吹くように真っ赤になった私を見て、せいせいしたとばかりに満足そうに手を引いた。
ウィルの声は心臓に悪い。
いつもはふわふわ軽いくせに、ふざけているとしか思えない時にふと、重い甘さを孕ませてくるから。