「……なんですって? 」

「聞こえてたでしょう、義姉さん。それとも、ついに耳まで遠くなったんですか? 」


義弟の私への悪口は、日常茶飯だ。
いちいち全部真剣に聞いていたら、こっちは精神を病んでしまう。
聞こえが悪くなったとするなら、それは自己防衛だ。
断じて老いではない。


「だ・か・ら。明日には出てってくださいね。まったく、僕だって迷惑なんですよ。義父が巨額の借金を残して、夜逃げしただなんて。愛するディアーナがいなかったら、とっと僕の方が屋敷を出ています。そうしないだけ、有り難いと思ってください」


まるで、最後の贅沢と言わんばかりにお茶を淹れ、にっこりとカップを差し出した。


「そ、それは申し訳ないし、妹の側にいてくれるのは嬉しいわ。そんな状況で、家を立て直そうとしてくれるのも。でも、なんで私が出ていかなくちゃ……」


妹の夫・ミゲルは、結婚してからもディアーナを溺愛しまくっている。
性格に難はありすぎるけれど、妹にひどいことはしない。それだけは確か。


「額が額なんですよ。このままでは、やがてこの地域一帯の民からも白い目で見られる。長女であるあなたが、一人で、毎日毎日何もせずダラダラしてるだけだなんて、そもそもいい印象ないっていうのに」


(……ぐっ……)


「一人で」をやたらと主張されて、口がパクパクした。


「そっ……そんなこと言われても。第一、今時適齢期なんておかしいわ。恋愛なんて、出逢うきっかけとタイミング……」

「僕は、年齢や婚期のことなんか言ってませんけど? ご自分が年齢のせいにしてるんじゃないですか。他にもっと問題点あると思うんですけどね。……それは、ともかくとして。僕だって鬼じゃありません。一人で放り出そうなんて思ってませんよ」


鬼だ。
もしくは悪魔。
可愛い妹には天使や最高の旦那だとしても、私には最早人間にすら見えない。


「本当ですって。図太そうな義姉さんだって、一応は貴族の娘なんですから。一人で野垂れ死ぬと分かってて見送るのは、さすがに寝覚めが悪い。……と、ちょうどいいところに」

「入りますよー」


足音がしただろうか、ミゲルか言ったか言わないか、そう断りをした意味もないくらい、すぐにドアが開いた。


「ノックくらいしなよ。相変わらず、礼儀も何もないね」

「都合も聞かずに呼びつけたのは、そっちでしょ。礼儀知らずはお互いさまですよ、貴族樣。で、何のご用で? 」


歳は自分と同じくらいだろうか、顔の右半分を覆った前髪はそのままに、男は逆の髪を気怠そうに掻き上げた。


「うんうん。無礼ではあるけど、君のそういう単刀直入なところは好きだよ。……ってことで、義姉さん。そういうことだから、優しい僕はね」


―― 一人じゃ寂しいだろうから、彼を貸してあげます。