つまりキャリーはイヴァンの愛人であり、側室が認められないこの国でイヴァンが愛する人と少しでも離れないために、シルビアの侍女として愛人をそばにおくことが、都合がよかったというわけだ。

「では、私はこれで失礼いたします」

「待ちなさい」

 部屋から出ていこうとするキャリーをシルビアは引き留めた。
 キャリーは待ってましたと言わんばかりの笑顔で振り向いた。

「なんでしょう?」

「紅茶をいれてくれるかしら。アッサムがいいわ。あとはそれに合うスコーンも」

 そう言うと、キャリーは眉根を寄せ、シルビアをまじまじと見た。

「……かしこまりました」

「ありがとう」

 シルビアはそう言うと、すぐにキャリーから視線を外し、膝の上に置いていた小説を開いた。
 
 キャリーは納得のいかないような難しい顔をしながら一礼をして部屋を出て行った。
 愛人宣言をしたのにも関わらず、シルビアから何のお咎めもなかったことが不思議だったのだろう。
 
 一方で、小説を開いたシルビアは、なぜか続きを読み進めることができずに困惑していた。
 文字を追うことはできても、内容がまったく頭に入ってこない。ここからが一番面白いところだというのに、頭の中はイヴァンに対する思いばかりだった。

(昔は女になど興味がなかったくせに、王太子になったら愛人を囲うようになるの?)

 シルビアは苛立ちから本を思い切り閉じた。
 豪勢なバラの花束をシルビアに送っても、イヴァンの心はビスチェ伯爵令嬢にあるのだ。
 

 王宮での生活に慣れると同時に、徐々に状況を把握することができた。
 キャリーに牽制された時から薄々気付いてはいたが、アカデミーを卒業してからというものの、イヴァンはもう腫れ物扱いをされるうつけ者ではなくなっていた。
 
 イヴァンが卒業してすぐ、優秀な成績を収めた彼は王太子に任命された。以前は第一王子であるが、知能が低いことから王太子にはふさわしくないと宰相たちに反対されていたイヴァンの印象が、覆ったというわけだ。
 それと同時に、貴族令嬢たちのイヴァンを見る目も当然変わっていった。

 イヴァンは元々眉目秀麗で、黙っていれば麗しい貴公子だ。
 学力が著しく低かった時には、その傲慢な態度や自分勝手な振る舞いは彼の印象をことごとく下げていたが、優秀な男児であることが認められた今は、その傲慢さもある種の威厳として映るらしい。

 シルビアにとっては、イヴァンは今でもワガママなうつけ者であったが、どうやら世間一般では違うらしかった。