身支度を整えてからほんの数分後、イヴァンが到着した。
 客間でしゃんと背筋を伸ばし、イヴァン王太子を待つシルビアの堂々たる姿はまさに王太子妃にふさわしく、メイドたちは感嘆のため息を漏らした。

 そして、そんなシルビアの姿を見て心を奪われたのはイヴァンも同様だった。

「殿下。本日はわたくしのためにわざわざ足を運んでくださり感謝いたします」
 
「……ゴホン、ああ」

 シルビアの美しさに目を奪われていたイヴァンは、動揺を隠すかのように咳払いをした。しかしシルビアは、それを気まずさからのものだと解釈した。

「卒業のプレゼントを持ってきた。喜ぶがいい!」

「殿下から贈り物だなんて、喜ばないわけがありません」

 その言葉とは裏腹に、シルビアの笑顔は身の毛がよだつほどの冷ややかなものだった。
 しかし、鈍感なイヴァンがシルビアの本心に気付くはずもなく、得意げな顔でパンパンと手を叩き、使いの者を呼んだ。
 すると、大きな赤い薔薇の花束を抱えた使者が部屋に入ってきた。

「薔薇を100本用意した!王都で一番の花屋で注文したんだ!どうだ、綺麗だろう」

「……ええ、とても綺麗ですね」

 花束を受け取ると、両手で持つのがやっとなほどの重さだった。

 ソファに座るのと同時に、メイドに花束を渡すと、イヴァンは怪訝な顔をした。

「まさか薔薇は好きじゃなかったのか?」

「いえ、好きですわ」

「ならなぜもっと喜ばない。この俺がお前のためにわざわざ店まで行って選んでやったんだぞ」

 イヴァンの言葉に、シルビアは目を丸くした。

「殿下がわざわざ花屋に出向いたのですか?」

「そうだと言っているだろ」

 とてもじゃないが信じられなかった。あのイヴァン・ザカルトが贈り物を自分で選ぶなんて。

「どうしてです?」

 シルビアが疑問をそのまま口にすると、イヴァンは偉そうに胸を張って答えた。

「お前のことが気に入っているからだ」

「なんですって?」

「何度も言わせるな!お前を特別目にかけてやっているということだ!」

「はあ、そうですか」

 公女らしからぬ間抜けな声が出た。