「……」

 シルビアがめんどくさそうに振り向くと、得意げな顔で腕を組んだイヴァンは、シルビアの元に歩み寄った。
 こんなうつけ者でも皮肉なことにスタイルは抜群で、シルビアは仕方なく自分より背の高いイヴァンを見上げなければならなかった。

「俺が卒業するまでの間、お前は俺に勉強を教えろ。お前のことはよく知っている。シルビア・シャーノン公爵令嬢。アカデミーに首席で入学した天才なんだろう」

「その通りですが、殿下は私の一学年上ですし、勉強を教えるなんてとても……」

「だが、お前はすでに一学年上の教材まで予習して学んでいると噂で聞いた。違うか?」

「……違いません」

「なら、問題ないな!今日からお前は俺の専属家庭教師だ!」
 
 ある程度の権威を持った公爵令嬢とはいえ、第一王子の命令を拒めるはずもなく、こうしてシルビアはイヴァンが卒業するまでの間、秘密の家庭教師として彼の成績をみるみるうちにあげていった。
 イヴァンは噂通りのワガママ王子で、無理難題を押し付けシルビアを困らせることも多々あったが、意外にもシルビアから出された課題は素直に解いてきていた。
 
 そのおかげか、一年以上学業をサボっていたにも関わらず、イヴァンは成績優秀者に選ばれるほどの実力を身につけ、無事にアカデミーを卒業した。イヴァンを溺愛している国王からは、数えきれないほどの贈り物をもらったという噂だ。
 
 イヴァンとの約束は卒業までだったので、シルビアはもうあのワガママ王子と関わることはないのだとホッとしていた。約束通り、卒業式を終えてからのイヴァンは、シルビアと一切関わりを持たなかった。それどころか、今まで家庭教師を務めてきたシルビアに礼の一言もなく、アカデミーを去ったのだ。
 
 何か褒美が欲しかったわけではないが、あまりの淡白な態度にシルビアは拍子抜けした。
 しかし、これで重荷から解放されたのだ。
 イヴァン卒業後、勉強を教えていた時間を大好きな読書にあて、有意義な最終学年の年を過ごした。

 だからこそ、イヴァンとの縁談話が舞い込んだことはシルビアにとって寝耳に水だった。
 イヴァンが正式に王太子として認められ、婚約者を選ばなければならないとなった時、必然的に公爵家の名前があがるのは当然のことだったが、自分が選ばれると思っていなかった。シルビアは面食らい、何度も父に「本当に私なのですか?」と聞き返したほどだ。

 そんなことを思い出しながら、シルビアは不快そうにドレスの裾を少しあげて、部屋を出た。