イヴァン・ザカルトは、一学年上のアカデミーの先輩だった。
彼はこの国の第一王子であったが不真面目で、アカデミーに入学後も勉学に励むことなく、周りの生徒に対して横暴に振る舞う暴君だと聞いていた。人の神経を逆撫でしてしまう自覚があったシルビアは、彼を遠目に見ることはあっても決して関わらないよう、できるだけ彼のそばには近寄らないようにした。
しかし、イヴァンとの接点は思わぬ場所でできてしまった。
アカデミーに入って数ヶ月経った頃、気心の知れた友人が一人もいなかったシルビアは、その日も一人、人気のない中庭のベンチに座り、昼食のサンドイッチを食べていた。学食に行けば豪華なランチが食べられるのだが、偏食のシルビアはそれよりも、ウィルソンが作るエッグサンドの方が好きだった。
そよそよと頬をくすぐる風を感じながら、ゆったりとした時間を過ごしていると、突然近くの茂みがゴソゴソと動き出した。
シルビアの眉がピクリと動く。
(もしかして、かかったのかしら……?)
最近、この辺りで野良の子猫をよく見かけるようになった。子猫は母猫に捨てられたのかいつも一人ぼっちで、ガリガリの身体をよろめかせながら、懸命に前へ前へと足を進めていた。何度か食べ物を与えようとしたが逃げられてしまったので、シルビアは罠を仕掛け、保護することにしたのだ。自分が気に入っている場所に、動物の死体が転がっているのを見たくはないからだ。
シルビアが忍足で茂みに近づき、パッと草を掻き分け見ると、そこにいたのは、顔を真っ赤にして倒れているイヴァン・ザカルト第一王子だった。
「お前、いいところに来た!これを今すぐ外せ!」
シルビアは狙いの猫ではなく、よりによって国に大切に保護されている第一王子が罠にかかってしまったことに落胆した。そして、ため息がこぼれるのをどうにか堪えながらイヴァンに声をかけた。
「殿下。そこで何をなさっているのですか」
「見てわからないのか!この忌々しいくくり罠に足をとられたんだ!ああ、腹がたつ!誰だ!こんなところにこんなものを仕掛けたのは!俺の命を狙った奴に違いない!死刑にしてやる!」
「それは猫を捕まえるためのもので、決して殿下を捕まえようと設置したものではありません。それに、それくらいで人は死にません」
「まさかお前がこれを仕掛けたのか!俺は何時間もここにいるんだぞ!餓死したらどうするつもりだ!」
「何時間も?なぜもっとはやく助けを呼ばなかったのですか」
「何度引っ張っても外れないから、いつの間にか疲れて寝ていたんだ!俺がこんな馬鹿げた罠にはまるなんて夢かと思ったが、さっき目が覚めたらまだ俺の足は縄に繋がれたままだ!」
「……そうですか」
シルビアは踵を返し、イヴァンに背を向け元いたベンチの方に歩き出した。
「待て!俺を誰だと思ってるんだ!この国の王太子、イヴァン・ザカル……」
「存じ上げております」
シルビアは、ベンチに置いてあったカバンの中から裁縫バサミを取り出し、イヴァンの元に歩み寄り、足に絡みつく縄を切った。
そして、虚をつかれたような顔でシルビアをじっと見るイヴァンに、彼女はこう言った。
「このまま放っておけば、夜には凍え、命の危険もあります。誰であろうと、そんな相手を見捨てていくことは決してありません。ですので、殿下がどのような立場にあり、どれだけの権力をお持ちなのか、わざわざ私に話す必要はありません」
「……」
「では、私はこれで……」
エッグサンドはまだ食べかけだったが、これ以上イヴァンと関わりたくなかったシルビアは颯爽と立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。しかし、イヴァンは彼女を呼び止めた。
「ちょっと待て。この俺を罠にはめておいて、そのまま帰れるわけがないだろう」
彼はこの国の第一王子であったが不真面目で、アカデミーに入学後も勉学に励むことなく、周りの生徒に対して横暴に振る舞う暴君だと聞いていた。人の神経を逆撫でしてしまう自覚があったシルビアは、彼を遠目に見ることはあっても決して関わらないよう、できるだけ彼のそばには近寄らないようにした。
しかし、イヴァンとの接点は思わぬ場所でできてしまった。
アカデミーに入って数ヶ月経った頃、気心の知れた友人が一人もいなかったシルビアは、その日も一人、人気のない中庭のベンチに座り、昼食のサンドイッチを食べていた。学食に行けば豪華なランチが食べられるのだが、偏食のシルビアはそれよりも、ウィルソンが作るエッグサンドの方が好きだった。
そよそよと頬をくすぐる風を感じながら、ゆったりとした時間を過ごしていると、突然近くの茂みがゴソゴソと動き出した。
シルビアの眉がピクリと動く。
(もしかして、かかったのかしら……?)
最近、この辺りで野良の子猫をよく見かけるようになった。子猫は母猫に捨てられたのかいつも一人ぼっちで、ガリガリの身体をよろめかせながら、懸命に前へ前へと足を進めていた。何度か食べ物を与えようとしたが逃げられてしまったので、シルビアは罠を仕掛け、保護することにしたのだ。自分が気に入っている場所に、動物の死体が転がっているのを見たくはないからだ。
シルビアが忍足で茂みに近づき、パッと草を掻き分け見ると、そこにいたのは、顔を真っ赤にして倒れているイヴァン・ザカルト第一王子だった。
「お前、いいところに来た!これを今すぐ外せ!」
シルビアは狙いの猫ではなく、よりによって国に大切に保護されている第一王子が罠にかかってしまったことに落胆した。そして、ため息がこぼれるのをどうにか堪えながらイヴァンに声をかけた。
「殿下。そこで何をなさっているのですか」
「見てわからないのか!この忌々しいくくり罠に足をとられたんだ!ああ、腹がたつ!誰だ!こんなところにこんなものを仕掛けたのは!俺の命を狙った奴に違いない!死刑にしてやる!」
「それは猫を捕まえるためのもので、決して殿下を捕まえようと設置したものではありません。それに、それくらいで人は死にません」
「まさかお前がこれを仕掛けたのか!俺は何時間もここにいるんだぞ!餓死したらどうするつもりだ!」
「何時間も?なぜもっとはやく助けを呼ばなかったのですか」
「何度引っ張っても外れないから、いつの間にか疲れて寝ていたんだ!俺がこんな馬鹿げた罠にはまるなんて夢かと思ったが、さっき目が覚めたらまだ俺の足は縄に繋がれたままだ!」
「……そうですか」
シルビアは踵を返し、イヴァンに背を向け元いたベンチの方に歩き出した。
「待て!俺を誰だと思ってるんだ!この国の王太子、イヴァン・ザカル……」
「存じ上げております」
シルビアは、ベンチに置いてあったカバンの中から裁縫バサミを取り出し、イヴァンの元に歩み寄り、足に絡みつく縄を切った。
そして、虚をつかれたような顔でシルビアをじっと見るイヴァンに、彼女はこう言った。
「このまま放っておけば、夜には凍え、命の危険もあります。誰であろうと、そんな相手を見捨てていくことは決してありません。ですので、殿下がどのような立場にあり、どれだけの権力をお持ちなのか、わざわざ私に話す必要はありません」
「……」
「では、私はこれで……」
エッグサンドはまだ食べかけだったが、これ以上イヴァンと関わりたくなかったシルビアは颯爽と立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。しかし、イヴァンは彼女を呼び止めた。
「ちょっと待て。この俺を罠にはめておいて、そのまま帰れるわけがないだろう」