「本当にいいのか」

「はい」

「その気持ちはもう変わらないのか」

「はい」
 
「ならどうして……!」

 立ち上がったイヴァンがシルビアの腕を掴み、思い切り引き寄せた。
 イヴァンの苦しそうな顔に、胸が苦しくなる。

「……っ」

「どうして……泣いているんだ」

 シルビアはそう言われて初めて、頬に伝う涙にそっと触れた。

(私、泣いているの……?)
 
 一度流してしまったら、もう止まらない。熱い涙がとめどなく溢れ出て、ドレスを濡らした。

「わた、私は……」

 嗚咽を堪え、必死に声を出す。
 本当はその胸に飛び込んで、彼の匂いを思い切り吸って、声をあげて泣きたい。
 そんな気持ちの横で、薄暗いモヤが心を侵食しようとしていた。

(もし、彼が私に飽きてしまったら?)
(もし、彼が私に絶望してしまったら?)
(もし、彼が私を憎むようになってしまったら?) 
(もし、彼も父と同じように私を見捨てたら?)

 すると、イヴァンがシルビアを抱き寄せた。

「殿下……?」

「俺は、お前を見捨てたりはしない」

 イヴァンの手にぐっと力が入る。

「城の頂上から落ちてきても、俺は必ずお前を受け止める」

 うつけ者め。あの高さから飛び降りれば、受け止める方も無事でいられるはずがない。

「ビスチェ伯爵令嬢はどうするんですか」

 突然シルビアがそう尋ねると、イヴァンは意外な名前に思わず聞き返した。

「ビスチェ伯爵令嬢?」

「殿下と特別な関係だと聞きましたが」

「特別……?ああ、そういえば誕生日が同じらしい。それがどうした?」

 イヴァンとビスチェ伯爵令嬢の間に何もないとわかっていながら、聞いてしまう自分に呆れて笑ってしまう。

「いえ、なんでもありません。ただ、私を好いていてくださるとおっしゃっていたのに、私以外の女性の誕生日を覚えているのはどうなんでしょうか」

「……よし、もう忘れたぞ」
 
 シルビアは笑い声をあげるのをこらえ、イヴァンの背中にそっと手を回した。
 彼の背中は大きくて、温かった。