「殿下との縁談の話を聞いた時は信じられない気持ちでいっぱいでしたが、この短い期間でまさか婚約破棄をすることになるとは思いもしませんでした」

「婚約破棄だと?」

「殿下もわかっているはずです。謀反人の娘との結婚など、国民は許すはずがありません」

 そう言って静かにティーカップを置くと、シルビアは音もなく立ち上がった。

「私は王太子妃に、殿下の妻にはふさわしくありません」

「シルビア……」

「婚約破棄いたしましょう」

 シルビアがまっすぐにイヴァンを見てそう言うと、イヴァンはその目を離すことなく言った。

「俺がずっと前からお前を好いていると言っても、か?」

 イヴァンの言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
 王宮に入り、イヴァンと過ごすうちに、彼の気持ちには薄々気がついていた。しかし、その思いを心から信じることが出来なかった。人の心を持たない悪魔公女と呼ばれる自分が、誰かから愛されるわけがないのだと。
 
 ああ、どうしてだろう。さっき紅茶を口にしたばかりなのに、喉が渇いて仕方がない。
 シルビアは小さな瞬きを何度も繰り返し、自分の手の甲をじっと見つめた。

「私は……、私は、正しい選択をするつもりです」

「俺から離れることが、正しい選択だというのか?」

「……はい」

 そう短く返事をすると、イヴァンは押し黙った。
 このまま彼の前に立っていると、あまりの悲しさに倒れてしまいそうだった。

「ではこれで、失礼致します」

 シルビアはイヴァンに背中を向け、出口へと向かった。
 足を進めるシルビアの背後から、イヴァンの硬い声が聞こえる。